研修設計における分析
研修を設計する際に、まず研修のテーマや研修の方法から検討してしまうことがよくあります。
これらの方法が必ずしも失敗につながるわけではないのですが、より成功確率と成果を高める科学的な手法が存在します。
それが、インストラクショナルデザインと呼ばれる手法です。
この手法は、研修の目的・目標及び「その目標を達成したかどうかの評価方法」をまず定めてから、その実現方法を考えるというのが基本的な手順です。
そのため、目的・目標の達成に効果的な研修となるように設計することができます。
また、研修の評価方法があらかじめ定められているため、研修効果の有無を必ず確認でき、効果的な次の施策につなげることができます。
PDCAサイクルのように、評価と改善を常に繰り返していくということも重要な点です。
この講義では、インストラクショナルデザインのなかでも一般的に用いられることが多いADDIE(アディー)モデルについて紹介したいと思います。
ADDIEモデルとは、分析(Analysis)・設計(Design)・開発(Development)・実施(Implementation)・評価(Evaluation)の5つのステップの頭文字を取ったものです。
①課題の分析
課題とは、あるべき姿と現状のギャップを埋めるための具体的な行動のことです。
つまり、このStep1では単に起きている問題を特定するだけではなく、何を達成するために、具体的にどういった行動をとるべきかまで抽出する必要があります。
この課題の捉え方には大きく「戦略・長期視点」と「オペレーション・現在視点」の2つが存在します。
前者と後者の捉え方では抽出される課題に大きな差があります。
「戦略・長期視点」でギャップを捉える場合は、経営戦略の実現に向けて、人や組織の観点から現在不足していることは何か今後の中長期的視点から、ビジネス成功の最大の障壁となりそうなものは何かといった問いを立て、課題を抽出していきます。
こうした整理・分析のなかで特に人の質的な不足に対し、教育・研修体系の見直しも含めた施策が策定されることになります。
一方の「オペレーション・現在視点」でギャップを捉える場合は、さまざまなケースが想定されます。
たとえば、各事業や部門計画の実現や組織運営、業務遂行などに関して、何か今困っている、または今後困りそうだという状況が起点だとします。
このような状況では、本来はやるべきことであるにもかかわらず、現在できていないこと・やっていないことは何か、理想的なパフォーマンスと現状とのギャップはどのような部分にあるか、そのギャップが生じている原因は何か、それはスキルまたは知識の不足が原因か、もしくはそれ以外が原因か理想的なパフォーマンスを阻害している障害・障壁は何か、パフォーマンスに影響を及ぼしている環境要因・ツール・プロセスは何か、といった問いを立てることができます。
こうした問いから特定された課題に対し、その原因が人の知識・スキル・行動等の不足にある場合には充足を図るために、教育・研修設計や実施を行うことになります。
ここまでが①課題の分析になりますが、戦略レベルとオペレーションレベルのどちらから分析を行うかは、現在置かれている状況によっても異なります。
重要なことは「今、自分たちは『課題』を狭く捉えすぎていないか」と立ち返る場面を設けることです。
起点が「オペレーション・現在視点」の問題であったとしても、俯瞰して考えると、「戦略・長期視点」の問題を解決することが根本的対応になるというケースがよくあります。
また、課題分析を行った結果、最適な施策が教育・研修ではない場合も多々あります。
たとえば、動機付け要因や価値観等の人材の特性が今後の組織・事業の方向性とマッチしていない、といった問題であれば、採用手段・採用基準の改定が施策として考えられます。
積ませたい経験や蓄積させたい知見がまだ十分ではないという問題であれば、配置・ローテーションの考え方を変える必要があるでしょう。
キャリアアップに向けた努力や専門性を伸ばそうという社員自身の意欲が低いのであれば、等級・評価制度を改定することも考えられます。
管理職以上が自身の役割と責任を理解していない、部下の育成に関与し切れていないのであれば、組織体制や権限を見直さなくてはなりません。
教育・研修の担当としては、管掌外の領域は検討が及びにくく、踏み込みにくいと感じるかもしれませんが、「人材の育成・教育」をより広義に捉えて対応していくことが、本来の目的達成・課題解決においては重要です。
②学習者の分析
課題の分析を行い、そのための施策が教育・研修であると定まったあとに、②学習者の分析を行います。
これは教育・研修を受けてもらう人の状態を整理し、設計に向けた材料とするものです。
具体的には、対象者は誰か(人数・所属・職位などできるだけ具体的に)、どのような事に困っているか、どのような事を知りたい・身につけたいと思っているか、どのようなことを知っているか・身につけているか・経験しているか、これまでにどのような研修に参加してきたか、どのような研修・学習スタイルを好むか・苦手としているか、上司(や対象者の関係者)の協力を得られそうか上司(や対象者の関係者)は何を期待しているかなどを分析していきます。
課題の分析はある意味トップダウンでの検討アプローチですが、それだけで満足して、課題分析からすぐに研修のテーマ設定に移ってしまうことがあります。
しかし、ボトムアップでの学習者の分析を怠ると、研修の目的・目標は確立されているものの、学習者の学習意欲を喚起できず、結果として効果の薄い研修となってしまう場合があるのです。
効果の高い研修を行うためにも、研修を設計する前に学習者の分析に取り組むようにしましょう。
研修の評価方法
研修の評価に関しては、カークパトリックの4段階評価法が最も普及した考え方です
これは、研修の効果を 反応レベル、学習レベル、行動レベル、結果レベルに分けて評価するものです
一般的な研修では、参加者アンケートやテストを行って確認を行うレベル1や2までの評価に留まることも多いかと思います
しかし、この評価方法は、その研修が実際の行動や組織のパフォーマンス、業績につながっているかといった、レベル3・4での評価も行うべきであることを示しています
レベル4の具体的な評価方法の例としては営業に関する研修の場合は研修前後の売上や顧客満足度というように研修の効果を測るKPI指標を定め、その変化などを確認することが挙げられます
こうしたレベル4の評価を行うことで、『研修の費用対効果(ROI)』を測定することができます
このROIの結果を踏まえて「その研修自体をやめる」という意思決定も含めたPDCAサイクルを回していく必要があります
こうした評価の観点は、研修の目的・目標の策定と大きく関わります
研修の目的・目標の策定
研修の目的・目標の本質は「その学習者の状態をどのように変容させ最終的にどのような成果を生み出すために研修を行うのか」ということです
つまり、組織や業績に対するインパクトの大きさ・レベルまでを見据えたものです
そのため、評価では実際の行動や組織のパフォーマンス、業績につながっているかなどを確かめられるようにする必要があるのです
また、研修の目的・目標の策定を行ううえで重要なのは「この研修を通じて最も伝えたいことを絞り込むとすると何か」ということです
研修を設計する際には、効果的なものにしようとさまざまな要素を盛り込んでしまいがちですがメッセージが多すぎたり、複雑すぎたりすると、参加者 の学びも薄くなってしまいます
そのため、設計者としてということに立ち戻れるように明確化しておくことが必要となります
Step1の分析で可視化させた課題や学習者の状態も踏まえながら、目的・目標を策定しましょう
研修の3つの枠組み
そもそも、研修と一言で言っても、さまざまな種類があります
研修を設計する際の大きな枠組みとしては『形式』『形態』『進行の型』の3つを決めていくことになります
~形式~
一般的に5つの種類があります
・座学・講義
主にインプット中心の形式
・ワークショップ
参加者が主体となって、何らかの体験や取り組みを行い、学びを得る形式
・ケーススタディ
具体的な事例に基づき、その分析や検討から学びを得る形式
・グループディスカッション
グループごとに与えられたテーマについて議論しそのプロセスを通じて学びを得る形式
・アクションラーニング
グループとして、現実の問題に対する解決策の検討やその実行、振り返りを通じて学びを得る形式
もちろん、1つの研修のなかで座学とワークショップを組み合わせるなど、応用も可能です
~形態~
研修をどのような『形態』で行うかにもさまざまな選択肢があります
・集合・現地参加型
対面で一か所に集まって同時に実施する
・オンライン型
オンラインミーティングで同時に実施する
・e-learning型
インターネットを使って好きな時間に各自が学習する
・ブレンディッドラーニング型
e-learningの受講後に集合またはオンラインで実施する
~進行の型~
そして最後は『進行の型』です
今回は、主に『ワークショップ』に関する型 の5つの例を解説します
これらは、ほかの形式の研修においても参考にすることができますので、詳しくみていきましょう。
一つ目は『起承転結型』です
・起
参加者の関係性を高め
・承
相互の知識・経験である資源を引き出し
・転
それらをぶつけ合うことで相互作用を高める
・結
気づきを振り返り、成果を分かち合うという
二つ目は『体験学習型』です。
・体験
参加者に何らかの体験をしてもらい
・指摘
その中で起こったことについての解釈を整理します
・分析
なぜそうなったのかを分析し
・概念化
そこからの学びを整理する
という順番で行います。
三つ目は、『発散収束型』です。
①考え方の枠組みを共有する
②考え・アイデアを発散させる
③考え・アイデアを収束させる
④成果を共有する
という順番で行います。
四つ目は、『問題解決型』です。
①問題を共有する
②原因を探索する
③解決策を立案する
④意志決定する
という順番で行います。
五つ目は『目標探索型(課題設定型)』です。
①自分たちを振り返り、資源を発見する
②理想を掲げる
③目標を打ち立てる
④方策を考える
という順番で行います。
こうした『進行の型』についても1つの研修のなかで2種類以上を組み合わせたり型の一部の要素を組み合わせたりすることが可能です
研修の目標やテーマはもちろん、参加者の志向性や特性などに応じて、型を検討することになります
研修の流れ
『形式』『形態』『進行の型』の方向性を決めたあとは、いよいよ研修の流れを決めていきます
オープニングからクロージングまでに、どのようなセクションを設けて何を伝え学んでもらうのか、全体のアジェンダ・構成を作成していきます
重要な点としては、セクションごとの目的が明らかになっているか、そのセクションの流れで参加者に混乱が生じないか、ということを俯瞰して確認することです
たとえば、前提知識をインプットするセクションを設けずに、複雑なアクティビティのセクションを行うと間違いなく混乱が生じてしまいます
セクションの流れを最初から最後まで経験することで元々達成したかった目的・目標が実現できそうかという点も検証が必要です
おすすめの方法としては、セクションごとに伝えたいメッセージを1文程度に整理してみることです
各セクションのメッセージだけを読んでも流れや意味が伝わるようになっていれば、うまく構成ができているといえるでしょう
ここまでで、研修の中身自体の設計書ができあがった状態となりますが研修の効果を最大化していくためには、「研修前」「研修後」の設計も併せて行うことが望ましいでしょう
実は研修の効果を高める要素として、研修前後における参加者への上司の関わり方が非常に重要であるということがわかっています
研修前における効果を高めるポイントとして「学習意欲」が挙げられます
つまり、上司から参加者に対して、その研修を受ける意味やどのような状態になって研修を終えてほしいのかという期待値を伝えることで研修の効果を非常に高めることができるのです
仮に上司がいない場合やその協力を得られにくい場合には研修参加の意味やゴールを事前に理解してもらうような仕掛けを行うと効果的です
また研修後についても、研修で学んだ内容の活用と定着という意味で上司の関与が非常に重要となります
一般的には、研修で学んだ内容を職場で実践する参加者の割合は半数以下でさらに半年後にも実践できている割合は10%程度に下がるといわれています
そのため、研修効果の最大化に向けては研修で学んだ事を活用・定着できる環境を上司や会社側が提供することが必要です
研修の効果を高めるためにも、研修前後の設計として誰に何をしてもらう必要があるかを整理しておきましょう
研修の開発・実施・評価
研修全体の設計図ができあがったら、いよいよ研修の開発に入っていきます
具体化していくべき項目としては研修のセクションごとに
①具体的な説明内容や参加者が行うアクティビティの内容(資料化)
②時間配分や参加者・実施者側の役割分担(動き方)
③必要となるツール・材料や設備類
の3つが一般的です
進行表を作成し、経過時間に沿って一覧で見られるようにすると、スムーズに設計することができます
また、それぞれのセクションのつくり込みにおいて、確認・検証すべき点がいくつかあります
たとえば、ワークショップ形式でありがちなのが、さまざまなアクティビティを盛り込んだものの参加者が「何のためにそれをするのかわからない」「自分たちが何をしたらよいかわからない」という状態に陥ってしまうことです
まず「何のためにそれをするのかわからない」という状態はアクティビティの目的が不明瞭で、セクション自体の目的に沿った内容となっていない場合やその場の「問い」が明らかでない場合に起こります
例として問題解決型のワークショップを取り上げてみましょう
①問題を共有する、②原因を探索する、③解決策を立案する④意志決定する、の順で行う『問題解決型』では①~④それぞれがワークショップのアクティビティ、またはセクションとなります
この、それぞれのアクティビティにおいて適切な問いを参加者に投げかける必要があります
たとえば『問題を共有する』アクティビティでは、「何が最も重要な問題だと思いますか?」『原因を探索する』アクティビティでは「何が根本的な原因だと思いますか?」など適切かつわかりやすい問いを投げかけることで、参加者の理解と思考が進みやすくなります
また、1つのアクティビティで答えるべき問いは1つに絞るべきです
なお、この問いには、答えやすいものから深い思考が必要なものまで、さまざまなレベルが存在します
プログラムやセクションの序盤では答えやすい問いを後半では深い思考が必要な問いを投げかけるようにすることで、より効果が高まります
これは、ワークショップ形式だけでなく、ほかの形式でも同様です
たとえばe-learningにおいても、こうした問いを要所で入れ込むことで、参加者の学びが深まります
その際に、参加者の想定される状態や理解度に基づき適切なレベルの問いを投げかけることが効果的です
問いの種類としては
・『事実・経験』に関する問い
「どんなことがありましたか?」「何をしましたか?」
・『感想・感情』に関する問い
「どう感じましたか?」「何を思っていますか?」
・『思考・考察』に関する問い
「なぜそう感じるのでしょうか?」「どういう意味を持っていますか?」
・『価値観・原理』に関する問い
「ここから何が学べますか?」「一番大切なことは何でしょうか?」
・『決意・行動』に関する問い
「明日から活かしたいと思うことは何ですか?」「どのように実行しますか?」
などが考えられます。
次に「自分たちが何をしたらよいかわからない」という状態ですがこれは事前の情報提供や、指示が不十分である場合に起こります
研修の作り手としては「知っていて当たり前」「わかっていて当たり前」と思っていることでも参加者にとってはそうではないということを念頭につくり上げていく事が重要です
これも、ワークショップ以外の形式でも同様のことがいえます
研修の設計者はその分野について多くの知識を有しているため無意識的に自分の知識レベルをベースとした設計・開発を行いがちです
しかし、研修の参加者はその分野にあまり詳しくない人たちばかりです
そのため、改めて参加者の目線に立ち、説明内容やアクティビティを実施して何を感じるかどこに疑問や引っかかりが生じそうかということを見返すことが重要です
研修の開発が終了したら、「目的・目標を達成できそうか」に注意しながらStep4実施を行い最後にStep5評価として、Step2で作成した研修の評価を行います
実際の行動につながっているかに関する評価はある程度期間を空けた方が、研修が効果を発揮できたかがよりわかりやすくなる場合があるので1ヶ月後や3ヶ月後などに行うようにしましょう