2026.09.28

金融業界に「マーケティング」を
持ち込む――新卒採用と自社集客で
築いた、IFAの独自ポジション

金融業界に「マーケティング」を<br>持ち込む――新卒採用と自社集客で<br>築いた、IFAの独自ポジション</br>

後発でも、独自のポジションは築ける――。株式会社Japan Asset Management代表・堀江智生氏は、旧来型の商慣習が残る金融業界に、他業界では当たり前だった「マーケティング」と「新卒採用・育成」を持ち込み、創業からの約8年で預かり資産1,000億円超(2025年11月時点)まで事業を拡大した。崩れかけた組織を立て直す転機になったのも、金融のプロではなく、大手広告会社出身という畑違いの人材を役員に迎えた一手だった。一方で、組織づくりを語る言葉は、意外なほど力が抜けている。行き着いたのは「自分がストレスを感じない」という基準だった。。

〇堀江智生氏 プロフィール
株式会社Japan Asset Management 代表取締役
1988年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。学生時代はアイスホッケーに打ち込む。2010年に野村證券へ入社し、大阪・なんば支店で法人営業を担当。選抜海外修練制度の一期生としてシリコンバレーでの経験を積み、2016年には野村香港インターナショナルへ出向、機関投資家営業に従事。同社での経験を積んだのち独立し、2018年に株式会社Japan Asset Managementを設立した。

Japan Asset Managementは、IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)として証券・保険をはじめとする資産運用サービスを提供する資産コンサルティング会社。本格的なウェブマーケティングと新卒採用・育成を軸とした独自の成長モデルで、創業からの約8年で従業員70名超、5,000名を超えるお客様、預かり資産1,000億円超(いずれも2025年11月時点)まで事業を拡大している。「資産運用という良識を、日本の常識にする」を掲げ、預かり資産規模で国内最大となる「日本一の金融機関」を目標としている。
〇司会進行
Luvir Consulting株式会社
中川裕貴 代表取締役/CEO

――本日はよろしくお願いいたします。まずは堀江代表のご経歴から伺えればと思います。野村證券でトップセールスとして活躍された後、独立してIFAという道を選ばれました。その背景には、どのような思いがあったのでしょうか。

堀江社長:もともと学生時代から起業したいという思いが強くありました。ただ、やるなら大きいことをやりたい。自分の会社で売上1兆円くらいまでいけるようなビジネスをつくりたいと考えていて、いろいろな業態やビジネスモデルを検討していく中でたどり着いたのが金融だったんです。

金融は市場規模がとても大きい割に、商慣習は旧来型のままで、当時は変革に本気で取り組むプレイヤーも少ないと感じていました。この領域できちんとした会社をつくれれば、それなりの売上規模になって、世の中にもインパクトを与えられるんじゃないか。そう思って、この領域で起業しました。

――途中、シリコンバレーにも行かれていますよね。さまざまなスタートアップを見る中でも、金融への思いはぶれなかったのでしょうか。

堀江社長:実は、もともと金融をやりたいと思っていたわけではないんです。向こうではファッションアプリの会社をつくってローンチしたりもしていました。ただ、人からお金を集めて投資してもらい、赤字を掘りながら当たれば大きく儲かる、というモデルが、自分の精神衛生上あまり合わなかったんですね。まったく気にならない人もいると思いますが、僕はどうしても気になってしまう。

だったら、足し算で売上が積み上がっていくビジネスのほうが自分には向いている。シリコンバレーでそう感じたこともあって、営業会社をつくろうと日本に帰ってきました。いろいろな商材を見た結果、やはり市場規模と競合のバランスから見て、金融が一番“コスパがいい”と考えたんです。

――IFAというと、既存のIFA組織に個人で加わる方が多い印象です。その中で一からIFAの会社を立ち上げ、創業からの約8年で預かり資産1,000億円超まで成長されました。どのように独自のポジションを築いてこられたのでしょうか。

堀江社長:ポイントはいくつかありますが、他社との一番の違いは「マーケティングが強い」ことだと思います。IFAは突き詰めると、集客と採用がカギになるビジネスモデルなんです。集客はウェブマーケティングでできるようにして、採用は比較的早い段階から新卒採用に振りました。金融機関は給与水準が高い業界なので、他社で経験を積んだ人材を採用して、それなりに売上を上げても利益率が上がりにくい。

一方、新卒採用はコストを抑えられます。会社が集客の仕組みを持ち、新卒を採用して育てる。この組み合わせだと、利益率を上げながらサステナブルに成長していけるんです。

――僕もファーストキャリアは証券会社で、1年で辞めてしまったのですが、いわゆる“ドブ板”営業の大変さは身に染みています。手紙を送って、電話をして、訪問して……。そうした世界で、マーケティングを強みに変えられたのはなぜでしょうか。

堀江社長:当時、私が知る限り、金融業界でマーケティングを本格的に組織へ実装している会社は、ほとんど見当たりませんでした。でも他の業界では、いわゆる「ザ・モデル」のように、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスと、カスタマージャーニーを設計するのが当たり前になっていた。なぜ金融だけそれをやらないんだろう、というところから考え始めました。従来の金融営業には、採用規模を前提に、一定割合の人材が伸びればよいという考え方もあると言われます。でも僕らが同じことをやっても、採用力では絶対に勝てない。10人採ったら8人を活躍させないと、会社として成長できない。だからこそマーケティングが必要だよね、という発想です。

――新卒を戦力にしていく過程では、ご苦労も多かったのではないですか。

堀江社長:もちろんありました。若いので、良くも悪くもエネルギーがある。人間関係で揉めたり、精神的にまだ成熟していなかったりで、「仕事だから関係ないよね」が通用しないんです。何かあれば「どうした?」と向き合わないといけない。ただ、みんなだんだん育っていって、今では一期生が5、6年目。すっかり大人になりました。実は創業してすぐの頃、一度会社が崩れかけた時期があるんです。最初の2年で中途人材を30人ほど採用したのですが、育成の仕組みを何も用意できていなかったので、そのうち27人が辞めてしまった。ちょうどそのタイミングで新卒が10人入ってきて、社内はしっちゃかめっちゃか。第4期は毎月1,000万円以上の赤字が出て、僕自身は10人の育成に追われて営業にも出られない。一番しんどい時期でした。

――そこから、どのように立て直されたのでしょうか。転機はありましたか。

堀江社長:大きかったのは、今の役員である武石の存在です。大手広告会社の出身で、小学校の同級生なんですよ。ちょうど組織が崩れた直後に、彼が「マーケティングをやってみたい」とうちに入ってきてくれた。未経験でしたが、頭がいいので、予算を渡して「試してみて」と任せたら、当たりを見つけてどんどん動いてくれた。それで一年ほどでマーケティングの基盤ができたんです。

彼との縁自体は、創業期にさかのぼります。お金がなかった頃、会社のロゴや名刺、簡単なホームページのデザインを手伝ってもらったんです。そこからずっと薄くつながっていて、彼が次のキャリアを考えていた時期に「力を貸してくれ」と。最初は業務委託で一部だけ手伝ってもらう形でしたが、彼がマーケの基礎をつくってくれて、「これはすごい」と。役員に来てくれと1年近く口説いて、ようやく本格的にジョインしてもらいました。あれは、間違いなく会社の転機でしたね。

――金融のプロフェッショナルを集めがちな業界で、あえて畑違いの“広告・ブランディング”の人材を役員に迎えた。そこが分岐点になったわけですね。

堀江社長:狙っていたわけではないんです。ただ、僕はもともとブランディングは大事だと思っていました。金融業界という古い世界へのアンチテーゼもあって、「うちはスタートアップとしてブランディングも大事にする」と掲げていた。そこに彼の力が加わったことで、集客のエンジンができた。自社にはない専門性を持つ人と、普段からつながっておくことは本当に大事だな、と痛感しましたね。

――組織づくりについて伺います。堀江代表は「できることは全部やる」という行動基準を掲げていらっしゃいます。やれることを、先延ばしにも回避もしない。このカルチャーは、どのように浸透させてこられたのでしょうか。

堀江社長:これは本当に難しいテーマです。僕が直接教えてきた新卒の子たちには、「やれることはやりきる」という基準がある程度浸透していて、彼らが後輩を教えるときにも同じ言葉を使ってくれている。ただ、組織が大きくなるにつれて、どうしても薄まっていって

――文化の浸透の度合いは、どのように確認されているのですか。

堀江社長:一つ面白い方法があって、合理性だけでは説明しにくい慣習を、あえて残しているんです。たとえば、挨拶をする場所が決まっている。舞台用語でいう「バミってる」んですね。

――バミリ、ですか。舞台で立ち位置に目印のテープを貼る、あの。

堀江社長:そうです。会社に来たら、決められた場所で立ち止まって「おはようございます」と挨拶する。これを創業期からずっとやっています。みんな、忙しいと会話の流れでそのまま通り過ぎてしまいがちなんですが、あえて立ち止まって挨拶する。それができているかどうかで、カルチャーが効いているかどうかが分かるんです。

――立ち止まって挨拶する、という慣習そのものが、組織文化の浸透度を測るリトマス紙になっている。

堀江社長:まさにそうです。立ち止まって挨拶すること自体は、業務上の必要性から生まれたルールではありません。でも、それができなくなってきたときは「組織文化が薄まってきているな」というサインなんです。組織の状態を早めに知る手がかりとして見ています。日常的に細かく言うことはしませんが、そこだけは徹底しています。今は僕が社長室に入ってしまって直接見られないので、「挨拶委員会」をつくって、職場全体で挨拶が交わされている状態かどうかを、定点で見てもらうようにしています。

――ほかにも、そうしたリトマス紙的な役割を果たすものはありますか。

堀江社長:業務報告もそうですね。毎日上げてもらうのですが、これも面倒くさくて、だんだん出さなくなる。きちんと続いているかどうかは、挨拶と同じで、組織の状態を映していると思っています。

――70名規模になって、堀江代表が直接マネジメントしているのは何名くらいですか。

堀江社長:役員2人と、営業マネージャーが6人くらい。基本的には、その8人ですね。以前は全員に公平に声をかけようとして、一人ひとりの名前をExcelに書いて「最後に声をかけた日」を記録したりもしていました。でも、それって不自然じゃないですか。「この人、本当は自分に興味ないよな」と、相手も分かる。意味がないなと思って、全部やめました。

――型どおりのマネジメントを、やめられたわけですね。

堀江社長:マネジメントに型はない、と思っているんです。組織論もマネジメントも、ずいぶん勉強しました。でも最後は、自分がやりたいようにやるのが一番いい、という結論にたどり着いた。「中間管理職を飛び越えてはいけない」とよく言いますが、飛び越えたほうがいい時も絶対にある。セオリーはセオリーとして頭に入れつつ、その場その場の直感でやるようにしています。トップのキャラクターや、中にいる人のキャラクターによって、マネジメントのスタイルは変えるべきですから。

――そうして行き着いたのが、「自分がストレスを感じない」ことを大切にするスタイルだと。

堀江社長:そうですね。経営していく中で、自分のストレスを作らないことの優先順位が、すごく上がったんです。最初は「自分が犠牲にならなければ」「経営者は孤独だ」という刷り込みが強くて、無理をしていました。でも、成功している先輩経営者たちから「無理しないほうがいいよ。自分がやりたくてやっている会社なんだから、やりたいようにやれば」と言われて。そこから、今はものすごく自由にやっています。

――それは刺さりますね。僕は、まだ無理をしているほうです。

堀江社長:僕は、無理をするのが向いていなかったんです。言いたいことは言うし、やりたいようにやる。それでいいと思っています。自分でつくった会社だからこそ、エゴを出せる。合う・合わないは必ずあるので、そこを過度に恐れなくなったのは大きいですね。

――「自分の機嫌を自分で取れる人」と働きたい、ともおっしゃっていましたね。

堀江社長:最近、確信したことなんです。スキルの高さ以上に、自分のコンディションを自分で整えられることが重要であると。お互いが余計なことに気を取られず、力を発揮できる状態でいたい。人が増えてもそうならない組織にしたいので、採用でも、職務の遂行に必要な適性・能力に加えて、セルフマネジメントを大切にできる方かどうかを見るようにしています。

――最後に、これからの展望を伺えればと思います。日本一の金融機関という目標を掲げていらっしゃいますが、その先に、どんな社会を描いていますか。

堀江社長:ビジネスの細かい形には、こだわりがないんです。今はIFAですが、それは少ない資本でお客様にサービスを届けられる形態がIFAだったから。将来は証券会社になっているかもしれないし、銀行になっているかもしれない。何でもいいと思っています。描いているのは、「運用するのが当たり前」の社会です。日本はまだ半分が預金のままで、他の先進国と比べれば高い水準です。NISAの広がりで少しずつ変わってきて、電車で若い方が「NISAで何を買う」と話している。起業した頃には思いもよらなかった光景です。信頼できるサービサーがいて、良いものを当たり前に「良い」と言える。そういう業界の当たり前が変われば、日本の運用に対する考え方も変わるはずです。資産形成という選択肢を、誰もが当たり前に検討できる世の中に、僕らが中心になって変えていきたい。

――一企業の代表という立場を超えて、社会や教育に向かっていく展望もあるのでしょうか。

堀江社長:45歳で代表を退こうと思っていて、その先は教育にも関心があります。日本の教育は詰め込み型で、もっと若いうちから自由に熱中できる環境をつくるべきだと思っている。金融教育という切り口で入っていくこともできるし、自分が現場に出て学校をつくるのも面白そうだなと。失うものがない立場で、忖度なく動ける。そういう関わり方ができたらいいな、と思っています。

――金融の当たり前を変え、その先で人を育てる。堀江さんの視線は、すでに一企業の枠を超えているのだと感じました。本日はありがとうございました。

【メガネ社長の編集後記】

今回の対談で強く印象に残ったのは、堀江社長が「同質な集団に、あえて異なる専門性を持つ人を迎え入れる」ことを恐れないことでした。

金融やコンサルのように専門性の高い世界では、つい似たようなバックグラウンドの人材ばかりを集めてしまいがちです。けれど堀江社長は、崩壊寸前だった会社の立て直しを、金融のプロではなく広告業界出身のマーケターに託しました。他の業界では当たり前にいるプロフェッショナルを、あえて畑違いの場所に招き入れる。その一手が化学反応を起こし、ビジネスをブレイクスルーさせていく――このダイナミズムは、経営の面白さそのものだと感じました。

もう一つ、深く感銘を受けたのが、「立ち止まって挨拶する」という文化浸透のリトマス試験紙です。業務効率だけを追求すると、遠回りのように見えるかもしれません。けれど、この“意味では説明のつかない慣習”こそが、その会社のアイデンティティなのだと思います。松下幸之助氏が社訓を何より大切にしたことにも通じる話で、こうしたユニークな慣習は、なくなってみて初めて「らしさ」に気づくもの。効率や合理だけでは割り切れない何かを、組織はちゃんと必要としているのだと、あらためて教えられました。

そして、「自分がストレスを感じない」ことを最優先に置くマネジメント。一見すると経営者らしからぬ、斬新な考え方に聞こえるかもしれません。けれど、よく聞けば非常に理にかなっています。経営者が無理をして消耗すれば、その歪みは、いずれ組織全体に伝わってしまう。トップが自然体でいられる状態をつくることこそ、実はいちばん持続可能な組織づくりなのだと、堀江社長の言葉から腑に落ちました。

古い業界の常識を、“異物”と“型”と、そして肩の力の抜け方で塗り替えていく。その一つひとつに、明日から自分の組織で試してみたくなるヒントが詰まった対談でした。

堀江社長、本日は貴重なお話をありがとうございました!

※本記事は経営者へのインタビュー記事であり、特定の金融商品の取得を勧誘することを目的としたものではありません。記載の数値・肩書は、将来の運用成果を示唆・保証するものではありません。また、記事中の発言はご本人の見解であり、Luvir Consulting株式会社の見解を示すものではありません。

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