2026.07.08 ニュース

期待を超えるのは、
期待された人だけ。
パナソニックITS元社長・田辺孝由樹氏が語る「人を輝かせる経営」前編

期待を超えるのは、<br>期待された人だけ。<br>パナソニックITS元社長・田辺孝由樹氏が語る「人を輝かせる経営」前編<br>

・田辺 孝由樹氏 プロフィール|パナソニックITS株式会社 元代表取締役社長
(現:株式会社イレブン・ラボラトリー代表取締役社長・Founder,サムネイル写真右から2番目)
・平林秀茂氏 プロフィール|パナソニックITS株式会社アドミニストレーションセンター総務部部長
(サムネイル写真右)
司会進行
・中川裕貴|Luvir Consulting株式会社 代表取締役/CEO(サムネイル写真左から2番目)
・花谷幹継|Luvir Consulting株式会社 エンゲージメントリーダー(サムネイル写真左)


「組織に活気がないが、何を変えればいいかわからない」「部下が主体的に動いてくれない」。人事やマネジメントに携わる方であれば、一度はそんな悩みを抱えたことがあるのではないだろうか。

パナソニックITS元代表取締役社長(現:イレブン・ラボラトリー代表取締役社長・Founder)・田辺孝由樹氏(以下、田辺氏)は、かつて離職が続き、赤字に苦しんでいた400人規模の組織を短期間で急成長企業へと変革した。「人は変えられない。でも、人が輝く環境はつくれる」。そう語る田辺氏の原点は、ドイツでのある経験にあった。

今回は、田辺氏とともに組織変革を推進し、「総務アワード2025」の「ゴールド」受賞にもつながる取り組みを実現した平林秀茂氏を交え、「人を輝かせる経営」の本質について話を伺った。

中川:田辺さんはこれまで国内外で数々の組織変革に取り組まれ、現在も「人を輝かせる経営」について発信されていますよね。そうした考え方にたどり着いた背景を教えてください。

田辺:転機になったのは、2010年から7年間のドイツ駐在ですね。当時、ドイツ大手自動車メーカー向けの大型プロジェクトが大きく傾きかけていて、その立て直しのために現地へ行きました。

そこで日本との決定的な違いを目の当たりにしたんです。ドイツでは残業や休日出勤が厳しく制限されており、日本のように長時間労働で乗り切る発想は通用しませんでした。

加えて印象的だったのが、仕事がうまくいかないときの捉え方です。日本では「自分の努力が足りなかったのではないか」と考える人が多いように感じます。一方、ドイツでは「その人数でできない仕事を請け負ったマネジメントに問題がある」という考え方をする人が少なくありませんでした。

中川:かなりカルチャーショックを受けたのでは?

田辺:そうですね。でも、それを機に気づいたんです。給料を上げても、人は辛い環境では働き続けない。だったら、人が力を発揮できる環境をつくらなければならない。そこから本気で「人」について考えるようになりました。

そのドイツに行く少し前の2008年に出会ったのが『ザ・ゴール』です。世界的ベストセラーで、MBAでも取り上げられている本なのですが、そこで紹介されていた「TOC(制約理論:Theory of Constraints)」という考え方に衝撃を受けました。

花谷:どんな理論なのでしょうか。

田辺:簡単に言うと、「組織のボトルネック(希少リソース)に着目する」という考え方です。非希少リソースが自分のことだけを全力で行う部分最適に走ると、組織全体の生産性は上がりません。希少リソースの前に、仕事(在庫)が溜まってしまうからです。

そのため、周囲(非希少リソース)がボトルネックの負担を減らし、本来やるべき仕事に集中できるよう支えることで、組織全体の成果を最大化することができます。

「どこで仕事が止まっているのか」。そこに目を向けることで、希少リソースが分かりますし、部分最適ではなく全体最適へと組織の発想が変わります。

花谷:TOCという考え方に出会い、大きな気づきを得られた一方、すぐに周囲を巻き込めたわけではなかったんですよね。

田辺:そうですね。当時、私はドイツ法人で部門責任者として現地の組織を率いる立場でしたが、最初はなかなか思うようにいきませんでした。

たとえば、こんなことがありました。着任してすぐ、スタンドアップミーティングを導入しようとしたんです。ところがベテラン社員が全員を座らせてしまって、気づけば立っているのは私だけ。「なぜ立たなきゃいけないんだ」と面と向かって言われました。そのとき初めて、肩書きがあるだけでは人はついてこないのだと痛感したんです。私はこうした肩書きを「borrowed Title (借り物のタイトル)」と呼んでいます。

中川:では、何が人を動かすのでしょうか。

田辺:当時の私も、その答えを探していました。だからまずは結果を出そうと思ったんです。そこで実践したのが、TOCの考え方をプロジェクトマネジメントに応用した「CCPM(クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント)」でした。

中川:CCPMとは、どのような手法なのでしょうか。

田辺:簡単に言えば、プロジェクトの中でもっともクリティカルなパス(日程に影響する工程)を見極め、そこに集中してリソースを投入する考え方です。

ドイツでも、それまではメンバー全員が仕事を抱え込み、忙しく疲弊していました。でもCCPMを導入したら、「今、本当に注力すべき仕事」が見えるようになった。すると、ギスギスしていたチームに余裕が生まれたんです。

組織全体の流れを整えることで、人が本来持っている力を発揮しやすくなる。プロジェクトが少しずつ立て直され、お客様からの評価も上がる。そして何より、人が辞めなくなったんです。こうして成果が出始めたことで、「田辺の話を聞いてみようか」という空気が、メンバーの間にも少しずつ広がっていきました。

花谷:なるほど。成果を出して信頼を得たことで、初めて周囲が耳を傾けるようになったんですね。

田辺:そうですね。そのとき、「人は肩書きではなく、その人が積み上げてきた実績についてくるのだ」と実感したんです。私はこれを「Ownedのタイトル(その人に宿るタイトル)」と呼んでいます。

中川:その後2017年に帰国されたとき、パナソニックITSは離職率が高く、あきらめ社員が全体の60%を超えていたと伺っています。まず組織改革として何をされたんですか?

田辺:最初に社員へ伝えたのが、「月曜日がワクワクする会社にしよう」という言葉でした。組織改革というと制度や評価制度の話になりがちですが、私が目指したのは、働くことに前向きになれる会社をつくることだったんです。

▲「月曜日がワクワクする会社」を目指し、オフィス改革も積極的に行われた

中川:すごく分かります。僕も、「サザエさん症候群の大人を減らして、週刊少年ジャンプ症候群の大人を増やしたい」と思っています。日曜の夕方になると「明日から仕事か……」と憂鬱になるのがサザエさん症候群。でも本来は、少年ジャンプを買った子どもが、「早く家に帰って続きが読みたい」とワクワクするように、「早く月曜日にならないかな」「続きがやりたいな」と思える状態が理想なんじゃないかと。

田辺:いいですね。松下幸之助は「1日休養、1日教養」と言っていました。土日のどちらかでしっかり休み、もう一日は学ぶ。そして月曜日に新しいアイデアを実現しに行く。本来、仕事とはそういうサイクルの中にあったはずなんです。

中川:その考えを実現するために、具体的にはどんな施策を進めたのでしょうか。

田辺: 一番大きかったのは「抜擢人事」です。野球チームに例えると、監督だけ変わっても試合には勝てない。四番バッターや中心選手が入れ替わって初めて、チームの空気が変わる。停滞している組織を変えるには、予備軍のメンバーを思い切ってポジションに据えるしかないと考えました。

中川:その中の一人が、総務の平林さんだったんですね。

平林:そうですね。私はもともと技術部門出身で、まさか自分が総務をやるとは思っていなかったので、最初に話をいただいたときは正直驚きました。でも、期待されると人って頑張ろうと思うんですよね。

田辺:期待を超えることをするのは、期待された人だけなんです。期待されていない人が、突然120点を出すことはない。だからまず経営者や管理職がやるべきことは、「この人ならできる」と信じて任せることなんです。

花谷:平林さんご自身は、総務に移ってからどのような変化がありましたか?

平林:総務って、一般的にはバックオフィスのイメージが強いと思います。でも、田辺さんから期待をかけてもらったことで、「総務だからここまで」と線を引かなくなったんです。技術の会社ですが、畑で野菜、水田でお米をつくるなど、総務の枠にとらわれないチャレンジも増えていきました。結果として総務アワードという形で評価もいただいたのですが、それ以上に嬉しかったのは、「会社が決めるのではなく、自分たちでつくる」という感覚が少しずつ、社内に広がったことでした。

田辺:平林さんの活躍を見ていて改めて感じたのは、人の能力はポジションや環境によって大きく引き出されるということです。平林さんにはもともと感性がありましたし、長年、労働組合の委員長を務めてきた経験や人脈もありました。そうした強みが、総務という新しいフィールドで発揮されたことで、大きな成果につながったのだと思います。