2026.03.25 ニュース

Luvir Consulting × OVER20&Company.対談
“若者の挑戦が未来を変える” playfulな社会のつくり方

Luvir Consulting × OVER20&Company.対談<br>“若者の挑戦が未来を変える” playfulな社会のつくり方

CFJ×PROJECT anyが描く次世代に伝えたい
「挑戦の意味」 

CFJとPROJECT anyが交わることで立ち上がるのは、若者・企業・社会をゆるやかにつなぎ直す“新しい共創のプラットフォーム”だ。 

最終回となる今回は、2人がそれぞれの経験を持ち寄りながら、未来をどのように見据えているのかを明かしていく。 

個人の挑戦が組織を変え、やがて社会の構造をも揺らす。そんな“10年先の社会像”に向けて、2人が示した答えとは――? 

補い合うからこそ生まれる“掛け合わせの価値” 

山本:最終回のテーマは「共創と未来」です。 

2つのプロジェクトが交わることで、何が変わり、どんな新しい可能性が生まれるのか。その核心から話を始めていきたいと思います。 

まずは、“それぞれが持っている力”を言語化しておきたいのですが、糸井さんはどう考えていますか? 

糸井:CFJの強みは、コンサルティングスキルを“誰でも使える形”に整理しているところだと思います。再現性のある型を持っているのは本当に大きいですよね。 

一方、PROJECT anyの強みは、若者の熱量と明るさ、パーソナルな空間の提供。そして、多様な人材のコミュニティを持っていることです。 

方向性は違っても、両者を組み合わせたときに出せる価値は確実にあります。 

奥地:CFJは論理的アプローチ、PROJECT anyは情緒的アプローチが強い。 

スタイルは違うけれど、向いている方向が一緒だからこそ化学反応が起きるんです。 

山本:具体的には、どんな協業が考えられますか? 

奥地:たとえば、LuvirのコンサルタントがもつスキルをPROJECT anyの参加学生(以下「エニー生」)が学ぶ。反対に、エニー生が持つフラットなコミュニケーション感覚をLuvirのコンサルタントが学ぶ。いわば“スキルと熱量の交換”のようなことはすぐにでもできると思いますよ。 

糸井:なるほど。立場や強みの違いがあるので、より面白くなりそうですね。 

私は、あえて“立場を入れ替える”仕掛けもいいなと思っていて。たとえば、エニーでプロジェクトを回してきた学生が、CFJの案件に入らせていただく。そんなクロスが起きると、互いの視点が一気に立体化しそうです。 

若者が地域に飛び込むと空気が変わる 

――協働の話から、「どこで価値が生まれるか」というテーマへ自然に話題が広がる。 

山本:地域との掛け合わせも可能性があるのでは?  

糸井:そうですね。これは第2回でも触れましたが、若い人が関わることで、現場に良い影響が出てきます。地方の中小企業、とくに人口が減っている地域ほどその変化は顕著なので、何か考えていきたいですね。 

奥地:その話で思い出したんですが、東大阪に『商店街まるごと”まちごとホテル”』という面白い取り組みがあるんですよ。商店街全体をひとつのホテルに見立てて、点在する空き家を客室にしたり、お店をレストラン代わりに使ったりという。 

そこに学生が関われば、企画づくりや広報、店舗との調整など、地域の事業者が手の回らない部分を補える。プロジェクト自体の動きが加速することはもちろん、若者が関わることで、地域に“ワクワク”が広がりそうじゃないですか? 

糸井:地域で起こる化学反応の例として、とても興味深いです。 

「接着剤」のように教育・仕事・社会をつなぎ直す 

山本:では、CFJ×PROJECT anyが組む意義をどう捉えますか? 

奥地:強力な接着剤って、別々の溶剤Aと Bを混ぜて初めて力を発揮しますよね。CFJとPROJECT anyも同じで、本来は“断絶”してしまいがちな領域を掛け合わせることで、強固につなぎ直せると思っています。 

たとえば、教育・仕事・社会の間にある断絶。その隙間を埋める“第三の場(サードプレイス)”として機能させたいんです。 

この話は、PROJECT anyの「パーソナルなスペース」に似ているんですよ。でも私が求めているのはその延長線というよりも、さらに一段アップデートされた形なんです。 

だから教育の場でもないし、仕事の場でもない。ましてや就職支援でもない。どれにも当てはまらない“隙間のスペース”なんだけど、私たち大人側の経験値が加わることで、若者が“人としての輪郭”や“夢”を取り戻す場所を提供できると考えています。 

糸井:仕事と社会をつなぎ直すハブという意味で、現代のサードプレイスなわけですね。 

奥地:そうです。実はそのような中間領域って、世の中にほとんどなくて。 

だから「あそこに行ったら、おもろいやつに会えるらしい」「なんか元気もらえる」「人生に絶望する前に、一回覗いてみたら?」――そんなふうに言われる場所って、めちゃくちゃ価値があると思いませんか?  

糸井:最高ですね! 

山本:それでは、いよいよこの対談の締めくくりです。 

挑戦することは、結局どんな価値を持つのか。次世代が迷ったときの指針になるような「挑戦する意味」――その答えをぜひ伺わせてください。 

糸井:挑戦には「自分の人生を主体的に選び取る力」を取り戻す価値があると思っています。 

挑戦=特別な行動のように見えますが、実はもっと身近で、日常の選択の積み重ねなんですよね。 

そのうえで、僕が一番大事だと感じているのが“自分であり続けること”です。でもこれは、口で言うほど簡単ではありません。 

自分の譲れない価値観や、「こう生きたい」という願いを、きちんと行動に落とし込んで続けていく。これも挑戦の連続なんですよね。 

学生と話していると、「自分はありのままでいたい。でも、何者かになりたい」という言葉が出てきます。 

この二つを両立するのは、簡単ではありません。でも、ありのままでいたいなら、その価値観を選び続ける挑戦が必要で、何者かになりたいなら、それを形にしていく挑戦の積み重ねでしか叶わない。 

だから私が次の世代に伝えたいのは、「自分であり続けるためにこそ、挑戦は避けて通れない」ということなんです。 

それに挑戦を続けている人って、やっぱりカッコイイじゃないですか(笑) 

奥地:私が考える挑戦の価値は、成功するかどうかで決まるものではないということです。成功には運や環境が大きく影響するので、それを基準にしてしまうと苦しくなってしまう。 

そうではなく、自分の心に浮かんだ“小さな違和感”を大事にしてほしい。もちろん、その感覚が独りよがりではないか、一度立ち止まって内省することは必要です。その上で、「それでも自分はこう思う」と言い続けることが挑戦なんです。 

そして、周りの空気に流されないということは、自分への誠実さを貫く行為でもありますから。 

あるいは全く逆で、「ここは変えたい」と思い続けて、ほんの少しでも現実を動かそうとすることも必要。たとえその一歩が小さくても、“ちょっとずつでも変えていこう”と向き合う姿勢そのものが挑戦だし、「自分はここにいる」と示し続けることもまた、確かな挑戦の形です。 

糸井:ほんとそうですね。外から与えられた評価ではなく、今日選んだ一歩が明日の自分をつくり、その積み重ねが自分を大きくするのだと、改めて思いました。 

奥地:山本さんはどうですか?何か感じたことがあればぜひ。 

山本:私は今回の対談を通して、何度も前職時代を振り返っていました。それで思ったのが、“動くことに慣れているかどうか”が、その後の人生をに影響があるなと感じました。 

40代に入って突然「何かやってみろ」と言われても、未知の行動は怖いし、腰が重い。でも、20代のうちから小さな挑戦を積み重ねておけば、挑戦することに体が慣れると思うんです。 

以前奥地さんも言っていましたが、これってヨガと同じだと思っています。ヨガってまず形から入って、心を落ち着かせる流れじゃないですか。 

つまり「行動し、そこに感情がついてくる」という流れを感覚として慣れているかどうかは、その後の人生において非常に大きいですよね。 

だから私は、若いうちに“動ける自分”を育てておくことは、将来への最高の贈り物になると考えています。 

奥地:おおっ……めちゃくちゃ本質の話。提唱者を超えてきた(笑) 

山本:いやいや。ところで、10年後のCFJとPROJECT anyはどうなっていると思いますか?  

奥地:社会インフラになっていたら最高! 

糸井:なっているんじゃないですか?“みんなが知っているCFJ”、“みんなが知っているPROJECT any”に。 

奥地: いいですね~。そうなる未来を楽しみにしています。 

山本:本日はありがとうございました。 

【編集後記:奥地裕介】 

4回の対談を終えてみると、CFJとPROJECT anyがどんな景色を目指しているのかが、少しずつ見えてきたように思います。 

働くことと生きることが、ちゃんとつながっている世界。 

経済や社会の循環が、個人の経験と無理なく結びついていく未来。 

失敗の数さえも「経験」として評価される空気。 

そして何より、20代の人たちが迷いながらも挑戦を重ね、自分という存在を育てていけるような社会。 

こうした取り組みが特別ではなく、ごく自然に受け入れられる世の中になってほしい。 

そのときCFJとPROJECT anyは、社会の中でなくてはならない存在になっていたいのです。 

接着剤のたとえを使いましたが、違う強みを持つ者同士が“混ざり合う”ことで、初めて生まれる力があります。 

今回の対談は、その方向へ歩き出すための静かな一歩になったのではないか――そんなふうに思います。