2026.08.04 ニュース

組織文化の、その先にある「伝統」
――刀匠を絶やさない、未来へつなぐ挑戦

組織文化の、その先にある「伝統」<br>――刀匠を絶やさない、未来へつなぐ挑戦<br>

第1回では、OEMからの転換と自社ブランド「和 NAGOMI」誕生の物語、そして社員がブランドに寄せる愛と誇りについて聞いた。

第2回で渡邉氏が語るのは、一企業の枠を超えた「街」と「伝統」の話だ。包丁はどの街でもつくれる。しかし、鎌倉時代から続く刀鍛冶の歴史だけは、誰にも真似できない――。高齢化で刀匠が途絶えかねない「刀の都・関」を、どう未来へつなぐのか。そして、組織文化のさらに上位にある「伝統」という概念とは。 守るべきものと、変えていくもの。その峻別のなかに、渡邉氏の経営哲学が見えてきた。

――前編では御社のお話を伺いました。後編は、まず「関」という街の話から伺えればと思います。関は各社が工程を分け合う分業制で栄えてきたと伺いました。一方で職人の高齢化や後継者不足という課題もあると。

渡邉氏:そうなんです。関はいま、人口流出がとても多い。特に働き盛りの世代、女性の流出が多くて戻ってこない。このままでは5年後、本当に困ることになると危機感を持っています。だからこそ、関の強みをもう一度見直して、人の流れをこの街に引き寄せる方法を考えなければならない。

――関の強みとは、何でしょうか。

渡邉氏:関は刀鍛冶の街なんです。刀鍛冶から刃物の街として成り立ち、今も繁栄しているのは、日本では関だけ。ところが、その刀匠がいま高齢化していて、あと10年もすれば途絶えてしまうかもしれない。関には現在、刀匠が8名ほどしかいません。その8名でも、あと何年続けられるか、という状況なんです。

――正直に言うと、包丁を全国や世界に届けるという意味では、職人さんさえいれば成り立つようにも思えます。刀匠がいなくなることの、本当のデメリットはどこにあるのでしょう。

渡邉氏:歴史のルーツがなくなる、ということです。これは大きい。包丁だけなら、新潟でも堺でも、極端に言えば中国でもつくれる。精密な機械があればどこでもできる。でも、歴史だけはつくれないんです。刀匠が途絶えたら、歴史は二度とつくれない。

渡邉氏:この街全体が持っている文化、その文化の中で刃物がつくられているという歴史の重みは、誰にも真似ができない。刀匠という象徴がいなくなると、『関ブランド』そのものが崩壊してしまう。単なる包丁の産地、そんなものは世界中どこにでもある、になってしまうんです。だから、各社に職人がいれば包丁はつくれるけれど、刀匠がいなくなれば、刀鍛冶の街としてのブランドが途絶えてしまう。そうなってはならない。この文化を継承していることを、我々は守っていかなければならないんです。

――刀匠を守り、育んでいく。具体的に動いていらっしゃることはありますか。

渡邉氏:刀匠の世界は本当に厳しいんです。弟子入りしても、まず5年間は無給で師匠について修行する。刀剣協会に認められる品質にならなければ売れませんし、いざ独立しようにも、工房を構えるだけで何千万円もかかる。師匠のほうも高齢化で、弟子を取る余裕がない。だから下が育たない。放っておけば途絶えてしまう。

渡邉氏:そこで考えているのが、刀鍛冶を公開の場で見せることです。関の新しいキャッチフレーズは『刀の都・関』。11月8日は『刃物の日』で、午前は全国から集まった刃物を供養する刃物供養祭、昼は800年前に関へ刀を伝えた元重公の供養がある。その日の夜に、刀匠による野外の公開鍛錬を、演出や音響も入れてやりたい。夜だからこそ火花が映えるんです。

――夜、というのがポイントなんですね。

渡邉氏:そう。夜にやれば、人は泊まる。泊まれば食事をするし、宿にも泊まる。関の本町通りは今シャッター通りですが、人の流れが起きれば飲食も観光も生まれ、若い人が定着するかもしれない。
現在は、令和10年11月8日の「刃物の日」を起点とした新たな文化イベントの実現に向けて検討を進めています。資金も集めねばなりませんし、運営体制についても、弊社単独ではなく、地域全体で育てるイベントとするため、地域の皆さんと協力できる形を模索しています。まずは第1回を成功させ、その後、継続的に発展させていきたいと考えています。

――犬山のような。

渡邉社長:まさに。犬山城は、かつては寂れた城下町でしたが、『日本最古の木造国宝建築』『本物に会える町』としてリブランドしたことで、今や海外からの来場者であふれています。関も同じことができるはずだと。将来的には、2年目は刀匠が使った火を、長良川の支流・小瀬鵜飼にバトンタッチして『火をつなぐ』演出もやりたい。そうすれば2泊してもらえる。昼は各社が工場を開放して見学や購入を楽しんでもらう。私はもう自社工場を先に公開していて、海外のお客様も来てくれています。工場を開けば、各社が切磋琢磨して魅力を競い合うようにもなる。

――150年続く企業として、これからも守り続けるものと、時代に合わせて変えていくもの。どのようにお考えですか。

渡邉氏:守らなければならないのは企業理念です。『本当に良いものを。ずっとつき合えるものを。』という考え方は創業以来変わりません。『和 NAGOMI』も大量生産を目指すのではなく、一丁一丁を丁寧につくり、長くお使いいただける品質とアフターケアを提供することが私たちの使命だと考えています。


渡邉氏:一方で、時代に合わせて変えるべきものもあります。製造方法や販売方法、新しい技術との融合など、お客様により良い価値を届けるための挑戦は続けていきます。しかし、どのような形であっても、最終的な品質に責任を持ち、お客様に安心して使っていただけるものをお届けするという姿勢だけは変わりません。それが、私たちにとって変えてはいけないものと、変えていくものの境界だと考えています。

――お話を伺っていて、強く感じたことがあります。私たちはエンタープライズ企業のコンサルティングもしていますが、『伝統』という言葉はなかなか出てこないんです。出てくるのは『文化を継承する』『理念を浸透させる』。でも、それを『伝統』にまで昇華させる、という話はほとんど聞かない。伝統という言葉は、文化や組織文化よりもう一段上の、次元の違う言葉だと感じました。

渡邉氏:おっしゃるとおりだと思います。ただ、それもすべて、関という街が刀鍛冶という伝統を持っているからなんです。我々はそこから生まれ、発展してきた企業です。ここに刀鍛冶が生まれたのは、この土地の風土であり、文化であり、それに感謝しながら、次の世代へ伝え、さらに発展させていく。この根っこがプツッと切れてしまえば、我々はどこにでもある企業になってしまう。それではだめなんです。

――最後に。『和 NAGOMI』に続く次のブランドは、お考えですか。

渡邉氏:社員に『作ってくれ』と言っています。私が『和』をつくった。次は君たちが作る番だ、と。どこかのコピーに名前をつけるのではなく、本当にゼロから一を生み出す。その産みの苦しみを味わって初めて、それがどれだけ愛おしいかが分かる。できて、お客様から『これが好き』『ありがとう』と言われたときの喜びは格別ですから。『和』を超えるブランドをつくってほしい。それを心から期待しています。

――今日は、自分自身のビジネスまで考えさせられました。本当にありがとうございました。

【メガネ社長の編集後記】

今回の対談で、私が最も心を動かされたのは、「包丁はどこでも作れる。でも歴史だけは作れない」という言葉でした。

各社に職人がいれば、包丁そのものは作ることができる。でも、「刀鍛冶」が途絶えた瞬間、「刀の都・関」というブランドの根が枯れてしまう。だからこそ渡邉社長は、目先の販売で誰もが忙しいなか、あえて刀匠を育み、街の伝統を灯し続けようとしている。一企業の利益を超えたその視座に、私は経営者として、そして文化人としての覚悟を見ました。

もう一つ忘れられないのは、社員が包丁を「この子」と呼び、自分たちの手でブランドの看板を作ってしまうという話です。愛着や誇りは、号令では生まれない。本当に良いものを作り、お客様の「ありがとう」が返ってくる——その循環のなかで、人は自然と変わっていく。渡邉社長が「私が変えたのではない。製品とお客様が社員を変えた」と語られた姿が深く印象に残っています。

AI(論理)は正しい解を導いてくれるかもしれませんが、人の心を震わせるのはいつの時代も、想いや熱量から生まれる行動やストーリーだと思います。社員の皆さんの「和(なごみ)」に懸ける熱量が周囲へ伝播し、顧客の心を揺さぶったからこそ、今の唯一無二のブランドへと成長を遂げたのでしょう。(私自身も胸を打たれ、結婚10周年に妻へ『なごみ』をプレゼントいたしました)

そして何より感銘を受けたのは、「伝統」という言葉の重みです。 私たちは日頃、企業の「文化」や「理念」を語りますが、渡邉社長のように「伝統」にまで想いを馳せている方はそう多くありません。

伝統とは、文化の結晶。組織文化の、その先にあるもの。 守るべき本質を見極め、変えるべきものは大胆に変える。その峻別こそが、150年続く企業の強さの源なのだと教えていただきました。

渡邉社長、貴重なお話を本当にありがとうございました。