2026.08.03 ニュース

生き残るために、自分は何ができるか。松井啓十郎選手が向き合う“今”と“セカンドキャリア”

生き残るために、自分は何ができるか。松井啓十郎選手が向き合う“今”と“セカンドキャリア”

確かなタッチで放たれるシュート。3ポイントの距離を物ともしない正確性で得点し、チームを牽引する。それが、「KJ」の愛称で親しまれるプロバスケットボール選手・松井啓十郎さんだ。​ 

​​日本で生まれ、14歳で渡米。本場アメリカで9年プレーした後、日本でプロ選手として活躍を続けている松井選手に、Luvir Consulting代表・中川裕貴が話を伺う。「日本とアメリカのカルチャーはまったく違いますね」という松井選手。勝つチーム作り、自己の磨き方、そしてキャリア観まで、日米それぞれの経験を元にオープンマインドで語ってくれた。​ 

​​第2回(後編)では、プロの世界で生き残り続けるための自分の磨き方、セカンドキャリアで描く未来に迫る。松井選手の語りは、「自分だから描ける仕事人生」のヒントに溢れていた。​ 

​​――第1回では、コートでのリーダーシップや理想のマネジメントなど、ビジネスにも通じるマインドについてお伺いしました。今回はキャリア観について伺ってみたいと思います。アスリートはビジネスマンでいう職位の昇格機会がないように思いますが、どういった場面で周囲からの評価を感じますか? 

​​松井選手:わかりやすいのはプレイタイムの長さですね。コート上にいる時間の長さ。誰を入れるか、どのタイミングで入れるかはコーチが決めています。プレイタイムが長いほど、必要な戦力と判断されている証になります。​ 

​​――プレイタイムを獲得できる選手の共通点はありますか?​ 

​​松井選手:自分の強みをしっかりと磨いてアピールできている人、ですかね。なんでもできるに越したことはないですが、できなくてもいいんです。他の選手がカバーできますから。コーチからすると一芸に秀でているほうが戦況に合わせて使いやすい。選手としても、自分の強みがわかっていると「ここを見てください」というアピールがしやすいので、使ってもらえる確率が上がります。​ 

​​――KJさんでいうと「シュート」でしょうか。​ 

​​松井選手:そうですね。僕は身長も大きくないですし、身体能力が秀でているわけでもない。その状況で選手として何ができるかと考えた時に、たどり着いたのがシュートでした。「この世界で生きていく上で、何ができるのか」。それを常に考えさせられる環境で、自分と向き合って答えをみつけられたことは、アメリカでプレーしていた学生時代に得た大きな財産です。​ 

――「常に考えさせられる環境」というのは、強みをみつけるための指導がされていたということですか? 

​​松井選手:いえ、強みを見つけないと生き残れない環境だから、自然とずっと考えていたというか。コーチがすべて教えてくれるわけではなかったです。どういう練習をしたらいいか、自分で考えて取り組める選手じゃないと上にはいけません。考えながらどんどん壁にぶち当たって、乗り越えるために周囲のアドバイスを吸収して、また考えて結果を出していく。試合と同じように、トライアンドエラーですね。​ 

​​アメリカではそのトライアンドエラーが、ものすごい熱量で行われています。ひとりひとりが必死。これは僕の持論ですが、バスケットボールって裕福な世界のスポーツじゃないんですよ。アメリカは所得格差が大きいこともあって、「貧しい生活から抜け出すにはこれで生きていくしかない」という切実さがある。なあなあでやっていたらそれは叶わない。だからこそみんな必死で自分の強みを探すし、激しい競争が生まれるんだと思います。​ 

​​――環境の厳しさから生まれる競争社会。いい意味でやさしくないところが、個々の強さを引き出しているのかもしれませんね。その熱量をずっと保つのは大変なことだと思いますが、モチベーションがぶれることはありませんか?​ 

​​松井選手:ぶれそうになったことはありますよ。そういう時は常に上を見て、自分を厳しい環境に置くようにしていました。今いる環境で自分が一番上手いとなると、気づかないうちにモチベーションが低下することがあると思います。だからこそ常に強いチームで、強い相手と戦って、「今のままでいいや」と思わないことが大切だなと。​ 

​​――ハングリーさやストイックさを失わない環境を、自ら作っていたんですね。 

​​――スポーツの世界は、身体のこともあって引退が早いですよね。ビジネスの世界のように定年、あるいはその後も同じ仕事で生きていくというのは難しいというイメージがあります。引退後のキャリアというのはいつごろ考え始めるものなのでしょうか。 

​​松井選手:おっしゃる通り、引退後のキャリアには悩んでいる選手が多くて……キャリアを考え始める時期はまちまちだと思いますが、僕個人の考えとしては、現役の時間にいかに視野を広げて準備しておくかがカギになると考えています。​ 

​​先のことを考えずにただ過ごしていたら、基本的にはキャリアとしてバスケットしかやっていない状態になります。そうなると当然働き口の選択肢は少ない。バスケット以外に何ができそうか、何をやって生きていきたいかを考えて、気になる世界を覗いてみることが必要だと感じます。​ 

​​――先ほどの「自分の強み」の話ともつながりますね。どう勝ち抜いていくか。KJさんはどんな準備をされていますか? 

​​松井選手:僕の場合は解説が好きなので、やりたいことのひとつとして、NBAの解説や現地リポーターにチャレンジしていますね。英語ができることを強みに、英語での解説をやらせてもらうこともあります。多くの方はコーチになるとか、自分のスクールを開くとか、指導者の方向に進まれますが、僕は何か別のことをやりたいなと考えています。バスケットと離れて金融業で働いてみることにも憧れがありますね。​ 

​​――バスケットとはまったく別の世界も検討されているんですか! 

​​松井選手:実はバスケットボール選手になる前も検討はしていたんですよ。金融系の会社でインターンをしたこともあります。僕は大学で経営専攻だったので、同級生はウォール街やインベストメントバンカーで働く人が多くて、それも夢があっていいなと。バスケットを仕事としてやれる時間は限りがあるので、一度はチャレンジしたいと思ってプロバスケットの世界に入りましたが、選手として鳴かず飛ばずだったらウォール街で働いていたかもしれないです(笑)​ 

​​――意外な一面でした。KJさんのように、やりたいことの下地がある選手は増えていますか? 

​​松井選手:ちらほらと増えてきていると思いますね。Bリーグでは、既に引退されている小林大祐選手は引退後にMBAを取得してビジネスの世界で活躍していますし、また渡邉裕規選手は農業で起業しています。​ 

​​ただ、やはり現役中に明確に進む道を見つけている方はごく一部で、多くの選手は進路に困っているのが現状だと思います。何をするか、イメージできる選択肢が少ない。バスケットボール業界が就職を案内してくれることはないですから、選手が自分で動かないといけません。年金制度などもないですし、何かしら仕事はみつけないと生活が成り立たない。これはバスケットボール業界、強いてはスポーツ業界の大きな課題だと感じます。​ 

​​――現役中にビジネスについて学んだり、キャリアについて考えたりという機会は、業界としてはまだ一般的ではないのでしょうか。 

​​松井選手:そうですね……一部のチームはビジネススクールと提携していてオンラインクラスを受講できるというのを聞いたことがありますが、一般的ではないです。自分でそういったスクールを探して学ぶ人もまだ少ないと思います。セカンドキャリアを考えなければいけないということは頭の中にあっても、何から始めたらいいのか、何を勉強したらいいのかがわからない人が多いんじゃないかな。現役中はバスケットのことだけ考えたいという気持ちもあるでしょうし。​ 

​​――それを生業として打ち込んでいるわけですから、自然な感情ですよね。感情がついてきたとして、実際、セカンドキャリアの準備のための時間って現実的にとれるものですか?​ 

​​松井選手:とれると思いますよ。もちろん人によりますが、練習時間や準備の時間は一日5~6時間程度が平均で、練習は昼頃から始まることが多いので、夜の時間は自由になります。アメリカ人はその時間で自分のビジネスや投資をやっていることが多いなと感じますね。日本人ではあまり見かけないので、そのあたりは生きてきた環境や文化面の違いがあるのかなと思います。​ 

​​投資で得たお金で引退後にやりたいことにチャレンジする人もアメリカ人だと多そうだなと。お金を稼がないと結局やりたいこともできなくなりますから、日本人もそういったことを情報交換してやってみてもいいんじゃないかと思いますね。​ 

​​――そういった情報交換の機会は、日本では生まれにくいですか? 

​​松井選手:そう感じます。文化的な違いかもしれないですね。アメリカはお金を稼ぐのが美学という空気がありますし、スポーツとビジネスが近いところにある。一方で日本は儲け話が悪のような雰囲気を感じることがあります。スポーツとビジネスをかけ合わせることもアメリカに比べて少ない。​ 

​​――スポーツとお金、スポーツとビジネス……日本ではたしかに距離があるかもしれません。​ 

​​松井選手:そもそも日本はスポーツに触れる機会が少ないですよね。海外ではスポーツがもっと日常に溢れています。街で飲食店に立ち寄ると店員がみんなでスポーツチームのシャツを着て働いていたり、地下鉄やエレベーターの中で一緒になった人と何気なくスポーツの話題で言葉を交わしたりする。コミュニケーションにスポーツが織り込まれているので、自然とビジネスの中にも入り込んでいるんでしょうね。​ 

​​日本でももっとスポーツの存在が身近になって、スポーツとビジネスの距離が近くなっていくといいなと。そういった流れが生まれれば、選手同士の情報交換の機会も増えて、セカンドキャリアの選択肢としてビジネスが入ってくることも増えるのではないかと思います。​ 

​​――セカンドキャリアとしてイメージできる選択肢がまだまだ少ない今、引退後にさまざまな形で活躍されている方の存在は現役選手にとって大きな希望ですよね。 

​​松井選手:そうですね。僕自身、「引退してからこれをやりたい」というものが定まっているわけではないので、いろいろな先輩・後輩と話して視野を広げてもらっています。僕も同じように他の選手の力になれればいいなと思いますね。まだ引退後の道しるべにはなれないですが、ひとりのプロバスケットボール選手として、これからプロスポーツの世界に入りたい人たちの役には立てそうな気がしていて。これはやりたいことのうちのひとつかもしれないです。​ 

​​――KJさんのやりたいこと、詳しくお伺いしたいです。 

​​松井選手:僕はアメリカと日本を経験しているので、それを活かして、日本の若い人が海外で経験を積めるように手伝いたいと考えています。「本場で経験を積みたい」という若者はたくさんいると思いますが、今はその事例が少ないので、誰に相談していいかわからないでしょうし、本人をサポートする親御さんたちも心配が多いと思うんです。​ 

​​応援してくれる企業やスポンサー、現地で面倒をみてくれる人を繋げられれば、金銭的・生活的不安が解消されて、海外に出られる人が増える。活躍する日本人が増えれば、現地の学校やチームもさらに日本人を受け入れやすくなる。そういった良い循環を、何らかの形でサポートできればと思っています。​ 

​​――KJさんだからこそできる支援ですね。スポーツの未来がますます明るくなりそうです。​ 

​​松井選手:広い世界を見た若者は、きっと日本にいいものをもたらしてくれると思います。選手だけではなくて、トレーナー、コーチ、アナリスト……いろいろな立場で日本のスポーツ業界に還元してくれるのではないでしょうか。そんな未来を作れるように、現役選手としてコートに立ちながら、引き続き模索していきたいと思っています。​ 

​​――これからも楽しみにご活躍を拝見しています。本日はありがとうございました! 


【メガネ社長の編集後記】

松井選手のお話を伺いながら、私はずっと「本気」という言葉について考えていました。 

ちょうど先日まで開催されていた2026年のサッカーワールドカップ。 

大会自体も非常にエキサイティングでサッカーファンである私にとって至福の時間でした。ただ、試合とは別に私が圧倒されたのは、アメリカのスポーツをビジネスへと変えていく手腕の巧みさでした。 

試合の合間のハーフタイムショーは、それ自体が一大エンターテインメントとして仕立てられ、酷暑対策のハイドレーションブレイク(給水タイム)さえも、広告を差し込む商機として抜け目なく生かされていました。 

出場国が増えて試合数が増えたことも追い風となり、結果として前回大会の約2.5倍とも言われる経済効果を生んだとのこと。 

スポーツを「見せる」だけでなく「稼ぐ」仕組みにまで昇華させる。その徹底ぶりに、松井選手が語ってくれた「スポーツとビジネスが近いところにあるアメリカ」の姿を、そのまま重ねずにはいられませんでした。 

そしてもう一つ、強く胸に残ったのが「本気」という言葉の意味合いの違いです。 
松井選手は「バスケットボールは裕福な世界のスポーツではない」「貧しい生活から抜け出すには、これで生きていくしかないという切実さがある」と語った。アメリカの選手たちは、文字どおり生活を懸けている。だからこそ、誰かに言われるのを待つのではなく自分の頭で考え、努力も一切惜しまない。その切実さの先にしか、「本物」は生まれないのだろう。日本とアメリカでは、同じ「本気」でも、その重みがまるで違うのだと気づかされました。 

翻って、私たちビジネスの現場ではどうだろうか。「本気でやろう」と号令をかけることは簡単だ。しかし、松井選手やアメリカの選手たちが持つあの必死さ――自分ごととして考え抜き、失敗を恐れずに挑み続ける姿勢を、組織の中でどう生み出すのか。それは精神論では決して届かない領域。一人ひとりが「自分は何ができるのか」を突き詰め、個を出すことが尊重され、挑戦と失敗が歓迎される環境をどう設計するか。松井選手が投げかけてくれた問いは、そのまま私たちへの宿題のように感じました。 

日本とアメリカ、それぞれの現場で「本気」と向き合い続けてきた松井選手の言葉には、コートの外にも通じる確かな重みがありました。 

本物は、本気からしか生まれない。その原点を、どう自分たちのビジネスに実装していくか――考えるほどに背筋が伸びる、そんな対談でした。 

松井選手、貴重なお話を本当にありがとうございました。