確かなタッチで放たれるシュート。3ポイントの距離を物ともしない正確性で得点し、チームを牽引する。それが、「KJ」の愛称で親しまれるプロバスケットボール選手・松井啓十郎さんだ。
日本で生まれ、14歳で渡米。本場アメリカで9年プレーした後、日本でプロ選手として活躍を続けている松井選手に、Luvir Consulting代表・中川裕貴が話を伺う。「日本とアメリカのカルチャーはまったく違いますね」という松井選手。勝つチーム作り、メンタリティ、自己の磨き方、そしてキャリア観まで、日米それぞれの経験を元にオープンに語ってくれた。
第1回(前編)では、異なるカルチャーの中で生き抜いてきた道のりを振り返り、「プレイヤーを伸ばすマネジメントとは」「チームを強くするリーダーシップとは」など、“チームで活躍する人のマインド”を言葉にしていく。
| ●松井啓十郎氏 プロフィール 1985年生まれ、東京都出身の現役プロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。クイックリリースで放つアメリカ仕込みの3ポイントシュートで、チームを勢い付けるシューターとして活躍する。2011年には日本代表としてアジア選手権に出場 。現在は新潟アルビレックスBBに所属してプレーしており、解説者としての顔も併せ持つ。 |
| ●中川裕貴 プロフィール Luvir Consulting株式会社 代表取締役 / CEO |
徹底的逆算思考で、一流の環境へ飛び込んだ10代
――お会いできて嬉しいです。移籍のニュースを拝見しました!7月から新天地に移られたとか。
松井選手:そうなんです。2024年からさいたまブロンコスに所属していたのですが、この7月から、新潟アルビレックスBBというチームでプレーしています。住まいも新潟に移りました。
――日本のプロチームでプレーされて、どのくらいになりますか?
松井選手:アメリカの大学を卒業して、23歳の時に日本に戻ってきたので……今で現役18年目ですね。北海道のチームから始まり、千葉、東京、愛知……さまざまなチームでプレーしてきました。
――ご出身は日本ですよね。アメリカに渡られたのはいつですか?
松井選手:14歳、中学2年生の時です。NBA選手を目指すために本場アメリカで経験を積みたいと考えて、日本の中学校を1年生で中退した後、2年ほどインターナショナルスクールに通って英語を学び、それからアメリカに渡りました。
プロを目指したきっかけは小学生の時、来日したマイケルジョーダンと1on1でプレーする機会を得たこと。彼のようなプロバスケットボール選手になるなら、バスケ大国アメリカで一流の選手たちに揉まれることが必要だと考えました。バスケ好きの父はとても協力的で、「一番上手い国でやるからこそ上手くなれる」と後押ししてくれて。できるだけ早いうちにということで、14歳でひとりで渡米することになりました。

――学生のうちから、とても綿密にキャリア設計をされていたんですね。
松井選手:NBAで活躍するためには、アメリカの大学チームでプレーして、ドラフトにかからないといけない。大学チームに入るためには、現地の強豪高校に入らないと……という感じで、逆算して動いていましたね。
早く渡米したおかげで、アメリカのバスケに適応する時間や、本場で通用する自分の持ち味を見いだす時間を多く持つことができました。スカウトの目に留まる期間も長かったと思います。
――自分の夢のために合理的な選択とはいえ、単身渡米は簡単じゃないですよね。心が折れそうになった瞬間はありましたか?
松井選手:もちろんありましたよ。渡米した当時はインターネットもスマホもなくてホームシックになりましたし、現地のチームでは一軍や二軍になかなか上がれなかったので苦しかったです。きついなと思いながらも、「送り出してくれた人たちの期待があるからやめられない」と練習に打ち込む日々でした。ヘッドコーチの家にホームステイして、練習に向かって、バスケ漬けの毎日でしたね。
“勤勉さ”と“伝える意志”でリスペクトを得る
――当時のアメリカでは、日本人のバスケットボール選手は少なかったのではないでしょうか。現地のプレイヤーはどんな反応でしたか?
松井選手:おっしゃる通り日本人、他のアジア人の選手もほとんどいなかったです。だから最初はかなり舐められていました(笑)。トラッシュトークといって、試合中に言葉の挑発で揺さぶってこようとする慣習も強くて。日本ではそういったことがあまりなかったので戸惑いは強かったです。そこは「言葉じゃなくてプレーで返すぞ」という気持ちでやっていました。
――力強いお言葉です。その姿勢で、周囲の反応は変化していったのでしょうか。
松井選手:プレーで存在感を示すことで、少しずつリスペクトを感じるようになっていきましたね。常に練習ではハードワークしていましたし、コーチが言ったことをしっかり遂行する姿勢みたいなものは、日本人の良さとして受け入れてもらえたのかなと思います。コート外でもしっかり勉強をしていたので、「KJは勉強もできるんだ」「じゃあ俺がちょっとわからないところ助けてもらおう」という関わりが生まれて関係性が良くなった場面もありました。日本人の真面目さが活きたのかもしれません。
――海外の方は不真面目なところがあるんですかね(笑)?
松井選手:いや、不真面目というわけじゃないです(笑)。いい意味でオンとオフの切り替えが上手いんですよ。コート内ではすごく熱くなるけど、練習が終わったら肩の力を抜けるし、どれだけトラッシュトークが飛び交っていたとしてもコート外ではフレンドリーにコミュニケーションをする。そういう性質の人が多いので、日本人の常にハードワークする傾向は異なる性質として珍しかったんじゃないかと思います。
――やはり文化や性格的な違いがかなりありますね。
松井選手:違いに驚くことは、コート外でもすごく多かったですね。日常的なところだと、日本は自分のゴミは基本的に自分で捨てるじゃないですか。自分のじゃないゴミでも、落ちてたら拾うって人もいる。一方でアメリカはほったらかしなことが多いんですよ。疑問に思って「なんでゴミ箱に捨てないの?」って聞いたら、「俺が捨てたら掃除をする人の仕事を奪っちゃうから」と返ってきて。ある程度汚しておけば、掃除の人が来てその仕事の雇用が増えると。「うーん、なるほどね、全然違う考え方だ」と思いました。

――まったく違う文化の中で、KJさんはチームの一員としてどうコミュニケーションしていきましたか?
松井選手:考えていることや言いたいことを、はっきりと齟齬なく伝える努力はしていました。通訳を通すとどうしてもワンテンポ遅れたり、ニュアンスの違いが出たりしますが、僕は英語がしゃべれたので自分のニュアンスでダイレクトにコミュニケーションできて、それはチームに所属する上で大きかったと思います。
日本で勉強してきた英語と現地の英語は全然違ったので、合わせるのには苦労しましたけどね(笑)。
――相手の言葉に合わせつつ、自分の意志をしっかりと伝えていく。スポーツ以外の、ビジネスにおけるコミュニケーションでも大切なことですよね。
チーム・個人を勝たせるマネジメントの理想像
――個人としてのマインドの他にチーム作りのこともお伺いしていきたいのですが、本場の一流チームを経験されて、「強いチームたる理由」を大きく感じた点はありますか?
松井選手:「勝つこと」に対しての思いの強さですね。プロに入る前の学生の段階から、とことん勝ちにこだわる。日本だと、部活でバスケットボール部に入りたいと思ったら誰でも入れますよね。アメリカだと、入部の時点から実力でふるい落とされるので、スタートから勝負が始まっています。チームに入った後はプレータイム(試合中にコートに出ていた合計時間)を勝ち取らないといけない。先輩だから、最後の試合だから出場させるとか、「努力しているから評価しよう」という雰囲気はありません。若い時から勝つことが常にマインドに組み込まれていて、チームとしてそれが共通認識となっているのが、大きな特徴としてあると思います。
――それは、「勝つことが大事だ」というカルチャーが浸透しているのでしょうか?それとも、コーチやマネジメント陣が「勝つ目的はこうで、目標はこう」とブレイクダウンして指導しているのか……。
松井選手:「どんな形でも勝てばいい」というカルチャーは浸透しているでしょうね。ただ、漠然と勝ちを考えているわけではなくて、そのために個々の選手やチームがどうすればいいのかというのは指導されています。コーチからは今週の課題・目標、今月の課題・目標という形で定期的に確認やアドバイスをもらいますし、選手もそれを考える習慣がついています。そこはかなり厳しく求められますね。コーチもコーチで必死ですから。多額な契約で雇われていて、確実に結果を出さなければいけない中で、ゆるくやっていたら絶対に勝てない。

現地のコーチは基本的に完璧主義です。基礎から細かく指導しますし、トッププレイヤーでもそうでないプレイヤーでも平等に容赦がありません。日本だと選手の特性や性格を考慮して伝える方が多い印象ですね。それぞれ良さはあると思いますが、ピンポイントに指摘されるからこそ、常に見られている良い緊張感が保てるところはあると思います。
――さまざまなコーチのマネジメントを受けてこられたKJさんが思う、「良いコーチ」「悪いコーチ」像が知りたいです。
松井選手:難しいですね、そうだな……。選手のキャリア的なところを考えると、「プレータイムをくれるコーチ」がいいでしょうね。自分を試合で最大限に活かしてくれますから。ただ、試合に出られない選手も含めて考えると、「勝ったのは選手のおかげ、負けたのはコーチのせい」といった自責のマインドをもったコーチは、どんな選手もついていきたくなると思います。「この人はどんな形であっても責任をとってくれる」と思わせてくれるコーチは、モチベーションを高められる「良いコーチ」だと感じますね。
――そのマインドをもったマネジメントは、ビジネスの世界でも頼れる、いい上司の特徴かもしれません。「悪いコーチ」はいかがですか?
松井選手:選手とコーチで話し合う場面で、自分のやり方や哲学を押し切るコーチは、選手からすると信頼がおけない「悪いコーチ」かもしれません。選手からの「こうしたい」「こうしたほうがいい」という提案をフラットに受け取って、一番いい答えを一緒に見つけていけるコーチのほうがチームにとってプラスだと思います。その後、結果が芳しくなかった時にまた改善のために話し合う流れがスムーズになりますし。
――結果を求める厳しさは持ちながらも、意見に耳を傾ける柔軟さが必要だということですね。
プレイヤーのリーダーシップが、
チームの修正力を上げる
――バスケットボールは試合の中での修正力が試されるスポーツだと感じるのですが、軌道修正の働きかけにおけるリーダーシップをとるのもコーチですか?
松井選手:いえ、各々の選手の場合が多いですし、それが理想だと思います。タイムアウトを待ってコーチの指示を仰ぐと、時間が限られている上に修正が遅くなります。ポジション的になのか、性格的になのか、リーダーシップをとる選手はチームごとに違いますが、とにかくコートにいる5人の中で感じていることを元にその場でコミュニケーションをとって、その上でコーチともコミュニケーションをとっていく。自分から働きかけて常にコート内でアジャストすることが必要です。
――プレイヤーの自主性を重んじることが、チームの成長スピードの加速につながると。先ほどはコーチ、マネジメントの良い・悪いを伺いましたが、プレイヤーを率いるリーダーとして、「良いリーダー」「悪いリーダー」というのはありますか?

松井選手:いろいろなリーダーシップの在り方があると思いますが、言葉と行動の両方で導いてくれるリーダーは「良いリーダー」だと感じますね。声で方向性をはっきり伝えてくれたり、迷いに対して答えを提示してくれたりといった言葉でのリーダーシップ。他の選手がやらないようなハッスルプレーで士気を上げる、行動でのリーダーシップ。この両方を持っている選手と一緒にプレーした時は、素晴らしいリーダーだなと思いました。
悪いリーダーはなかなか思いつかないですが……自分がリーダーシップをとる場面では、強い言葉にならないようには気を付けています。プロの世界は20歳から40歳まで幅広い選手と一緒にプレーするので、自分が受け取ってきた言葉をそのまま伝えると、相手によっては受け入れづらい伝え方になってしまっているかもしれない。伝えようとする中身が正しくても、伝え方を間違えるとよくないアドバイスになってしまう場合がありますから、そこは意識しています。
もっと自由にやってみよう、失敗してみよう
――アメリカでの9年、日本での17年を経験されたKJさんだからこそわかる違いや共通点、非常におもしろいです。私はビジネスの世界で、特に組織作りや組織の成長の面で活かせることがないかと常に考えてしまうのですが、KJさんとして、今日本の組織にインストールすべきだと感じる考え方は何かありますか?

松井選手:もっと「個」を出すことを尊重していくのをおすすめしたいです。日本の組織の良さでも悪さでもあると思いますが、「ルールに則る」とか「既にあるものに合わせる」という姿勢が強いですよね。身近なところだと、例えば日常的に利用する飲食店でも、日本はメニューそれぞれに材料の規定量があって、それにきっちり合わせる。アメリカはかなり自由度が高くて、お客さんの要望に合わせて店員の裁量で増やしたり減らしたりが受け入れられるんですよ。自由にやると失敗もするかもしれないですが、それによる学びは多いと思います。
ただ、いきなり「フリーにやっていいよ」と言われると、たぶん日本人の場合はどうしたらいいかわからない。今までやってきていないから。だから、自由を許容するだけではなくて、教え方も大切になってくると思います。例えばバスケットでクロスオーバーを教えるとしますね。クロスオーバーはボールを左右に切り返して相手を抜き去るんですが、単純に右から左にボールを動かすだけではなくて、いろいろなアレンジができます。股の間を通してみるとか、自分の後ろでワンバウンドさせてみるとか。それを示した上で、「自分でどうするか選んでみて」と伝えると、みんな自由に動いてみようとしますよね。
「他の人と違うことをやっていいんだ」という実感を積み重ねられるようにしてあげると、「個」が活きてきて、より学びを得られるんじゃないかと思うんです。
――自由度を与えて、成功や失敗の経験を積極的に積むことが成長につながる。共感します。失敗する経験が多いほうが、成長につながりますよね。
松井選手:そうだと思います。バスケでも、シーズンのはじめにトライアンドエラーして失敗を重ねたチームが、シーズン終わりに強くなっていくことがよくあります。目先の勝利は大事だと思いますし、常に勝ちながら最後まで勝ち抜いていくのがベストではありますが、優勝しているチームをみていると、やはり最初の失敗から学んでアジャストしていったことが勝ちの要因だったと感じることが多いですね。
――トライアンドエラーを歓迎する姿勢。長期的な目線をもって取り入れていきたいですね。
【次回予告】
個人もチームも、健全な競争とトライアンドエラーの中で磨かれていく。そんなプロスポーツのマインドとマネジメントには、ビジネスの世界にも通ずるヒントがあった。
続く第2回(後編)では“キャリア”にフォーカスする。キャリアの軸となる「自分だけの強み」を、どう見つければいいのか。自分らしいキャリアを歩んでいくために何を準備すべきか。その答えを探るべく、松井選手の軌跡と等身大のキャリア観に触れていく。