中小企業のM&Aは、多くの場合「事業譲渡」ではなく「株式譲渡」というかたちで行われる。京都・山科でエンジンオイルの総合卸売事業を営む株式会社FUKUDA(福田喜之会長)も、その道を選び、株式譲渡してから1年余となる。
なぜその決断に至ったのか、買い手を選ぶ際の軸は何だったのか。そして、新たなパートナーとの関係づくり(=PMI)の実際は――?事例を手掛かりに、中小企業のM&Aを成功に導くヒントを探る。
当企画はLuvir Consulting代表・中川裕貴がインタビュアーとなり、福田会長にその経緯や想いを伺っていく。
株式会社FUKUDA(福田喜之会長)のM&Aストーリー。vol.1では「なぜ株式承継を決断したのか」、vol.2では「どのように相手を選んだのか」に追った。そして最終回となるvol.3のテーマは、その先にあるPMIだ。一般にPMI(Post Merger Integration)といえば「統合プロセス」を指すが、FUKUDAと新しいパートナーは、互いに伴走しながら信頼を築く関係を育んできた。譲渡から1年余。福田会長の体験は、中小企業M&AにおけるPMIの意味を改めて問いかけている。

社員の未来はどう広がったのか
――いよいよ最終回です。株式譲渡から1年余り。パートナー企業のunlock.ly(代表取締役:三島徹平氏・FUKUDA社長)と共に歩む日々の中で、取引先からも「変わったね」と声をかけられるようになったとお聞きしました。どんな場面でそれを実感されますか?
福田会長:まず従業員のキャリア面について。グループ内の別会社に転籍や派遣できる道が開けて、従業員たちが「京都だけじゃない未来」を見られるようになりました。中堅クラスの社員からも「行ってみたい」という声があがっているんですよ。これは以前のFUKUDAにはなかったことです。
業務の面では、AIの導入が進みました。これまで紙や経験に頼っていたことが多かったのですが、AIを使うと「え?こんなこともできるの?」という思うことだらけで。結果として業務効率が大幅に向上しています。

経営者の孤独を分かち合う仲間ができた
――会長ご自身はいかがですか。何か変化はありましたか?
福田会長:経営者は「孤独だ」とよく言いますよね。正直、以前はあまり実感がなかったのですが、今は、三島さんをはじめとする若い役員陣と、私の経験をぶつけ合えることが本当に面白いと感じています。
これまで100%自分が背負っていた意思決定も、今は3人のブレーン(役員陣)が一緒に考えてくれる。責任感はそのままに、体感ではそのプレッシャーが25%くらい軽くなりました。孤独を分かち合える仲間がいることはありがたいものですね。
――従業員はキャリアの広がりが見えるようになり、会長ご自身は孤独を分かち合える仲間を得られた。これらはまさに、M&Aがもたらすポジティブな成果だと思います。
継承後の成長をどう支えるか
――さて、少し質問の趣向を変えまして……株式譲渡を決めた当時のご自身に何か伝えるとしたら、どんな言葉でしょうか?
福田会長:「unlock.lyを選んで正解だぞ」と伝えたいです。三島さんは若い経営者で、しかも全く業界が違うからこそ新しい視点で会社を導いてくれる。
もし同じ業界の方に託していたら、私が残ってもプラスにはならなかったでしょう。従業員から見ても、それは「福田のハッピーエンドのために株を売っただけ」だと映ってしまう。そんな承継では従業員を幸せにはできません。
経営が私ひとりの判断に偏らないよう、外からの視点を入れた仕組みにしたことは正解でした。結果として、会社の安定につながったと確信しています。

――そう断言できるのは、信頼できるパートナーに出会えたからですね。
福田会長とunlock.lyの取り組みは、私も刺激になっています。一見すると、私の会社(Luvir Consulting)とunlock.lyさんは競合関係にあるように見えるかもしれませんが、実際は「継承後の成長をどう支えるか」という大切な志が共通しているんです。
今回の事例も、形式的な「統合」ではなく、「伴走」という形をとったからこそ、PMIのプロセスが自然に根づき、前向きな成果を生み出すことができたのだと思います。
承継に通じる普遍の想い
――私事で恐縮ですが、実は私の義父もまた中小企業の経営者で、第三者に会社を託した経験があります。そのとき義父が最も願ったのは、「従業員の雇用を絶対に守ってほしい」ということでした。業種は違いますが、経営者としての根源的な思いは同じなのだと感じます。
今回のインタビューを通して、福田会長は一貫して「(株式譲渡は)従業員の未来のために決断した」と語られました。
PMIの本質は数字や制度の統合ではなく、社員が安心して未来を描けるように支えることにあります。義父の言葉も、福田会長の実践もそこに終着する。M&Aの原点を改めて強く意識しました。
最後に、同じように悩む経営者の方々にアドバイスをお願いします。

福田会長:株式承継は「売ったら終わり」ではなく、「新しい仲間と一緒に会社を育てていく始まり」です。経営者の方々には、ぜひ「任せることの価値」を考えてほしいと思います。そしてこの1年を振り返って思うのは、PMIの本質は「スピード感と安心感の両立」にあるということです。
本日はありがとうございました。
――こちらこそありがとうございました。
福田会長との対談は、中小企業M&Aの本当の意味と、その成功に必要なものを改めて教えてくれる示唆に富んだ時間でした。ご自身の経験を真摯に、そして未来への希望をもって語ってくださった福田会長に、心より感謝申し上げます。

◇メガネ社長の編集後記
『M&Aを「従業員の幸せ」から逆算すること』
~「誰のため?」から始まる承継のタイミング~
多くの中小企業では、事業や顧客からの信頼が「会社そのもの」ではなく、経営者個人の人柄やリーダーシップに強く結びついています。ゆえに、経営のバトンを誰に渡すかという事業承継は、想像以上に繊細で難しい決断となります。
福田会長が50代という、一般には“まだ早い”とされる時期に決断を下した背景には、「これは誰のための譲渡なのか」という問いがありました。
経営者にとっては一区切りでも、従業員や取引先にとっては明日も変わらず事業が続いていく。だからこそ、仲間が未来を描くためには、十分な時間を残す――その逆算が「いま」という選択につながったのです。
~事業シナジーではなく「組織シナジー」~
では、未来を託す相手は誰であるべきか?
大手やファンドではなく、unlock.lyを選んだ理由もまた明快でした。
・短期的な利益回収ではなく、長期的に伴走する体制
・外部の幹部を据えるのではなく、評価制度の共創を通じて従業員が次のリーダーを目指せる仕組み
・全従業員との定期面談や食事会を通じて、現場の声を吸い上げる仕組み
これらは、事業や財務のシナジーよりも、会社の根幹である「人と組織」の未来を共に育てるアプローチ(組織シナジー)でした。
とりわけ、「FUKUDAに合った人事制度を一緒に作りましょう」という提案は、従業員を第一に考える福田会長の想いと響き合っています。
~「伴走」が描く未来~
今回の事例は、PMIを形式的な統合(Integration)ではなく、互いの強みを尊重し合う伴走(Partnership)を選んだからこそ実現できた成果です。
そして、福田会長が語った「任せる怖さより、任せない怖さのほうが大きい」との言葉は、まさに承継後のオーナー経営者に求められる新しい役割を示しているのです。
~M&Aの原点に立ち返る~
今回のインタビューを強く感じたのは、M&Aは「終わり」ではなく「始まり」だということです。株式の譲渡とは、新しい仲間と共に会社を育てていくスタート地点。その本質は、従業員が安心して未来を描けるように支える姿勢にあります。
事業承継という大きな岐路に立つ経営者にとって、今回の学びは未来を考えるうえでの確かな道標となるでしょう。
こうした学びを胸に、次回以降も経営者のリアルな声を皆さまに届けていきたいと思います。