中小企業のM&Aは、多くの場合「事業譲渡」ではなく「株式譲渡」というかたちで行われる。京都・山科でエンジンオイルの総合卸売事業を営む株式会社FUKUDA(福田喜之会長)も、その道を選び、株式譲渡してから1年余となる。
なぜその決断に至ったのか、買い手を選ぶ際の軸は何だったのか。そして、新たなパートナーとの関係づくり(=PMI)の実際は――?事例を手掛かりに、中小企業のM&Aを成功に導くヒントを探る。
当企画はLuvir Consulting代表・中川裕貴がインタビュアーとなり、福田会長にその経緯や想いを伺っていく。
M&Aの局面で最も悩ましいのは、「誰に託すか」だろう。京都で55年続くエンジンオイル卸売業・株式会社FUKUDAは、30代の若い経営陣が率いる独立系の株式会社unlock.lyに株式を譲渡した。大手やファンド系からの打診もある中、どのような理由で買い手を選んだのか? そこには「人を育てる仕組み」と「共に走り続ける姿勢」を重視する、福田喜之会長ならではの承継哲学があった。

買い手選定の“3つの軸”
――vol.1では、株式譲渡を決断された背景を伺いました。今回は「誰に譲渡するか」というテーマに入りたいと思います。2024年4月30日付で株式会社unlock.ly(代表取締役社長:三島徹平)に株式を譲渡されましたが、他にも候補はあったのでしょうか?また、最終的に独立系投資会社のunlock.lyを選んだ理由をお聞かせください。
福田会長:大手やファンド系からも声をかけていただいていましたが、最終的にunlock.lyを選んだのは、「長期伴走の姿勢・人を仕組みで育てる哲学」「若さ」「現場感」という3つの軸からです。
まず、大手に委ねると「3年後にはバイアウトします」とか、「定年を迎えた幹部が外から来て、2~3年だけ社長を務めて交代」という短期循環になりがちです。もちろん1つのやり方ではありますが、それでは長く一緒に走ってきた従業員が“上にあがる”機会が閉ざされてしまう。
FUKUDAには私と20年以上共に働いてきたメンバーが4人いて、彼らは現在40代~50代。けれど、株を買い取る資金はないだろうし、借金を背負わせるわけにはいきません。
かといって、私が誰か一人を指名してしまえば、結局みんな私の顔だけを見ることになって組織が育たない。もっと透明性のある仕組みで、次の責任者を育てる方法はないものか……?そう考えているときに、unlock.lyの三島社長から「3~5年かけてFUKUDAに合った人事評価制度を一緒に作り、その評価で責任者を選びましょう」と提案してもらったのです。
つまり、決められた制度を押し付けるのではなく、うちの会社の歴史や人材の特性に合わせて設計していく姿勢に信頼を感じました。

――短期の売却益ではなく、「人をどう育てるか」を重視したのですね。
福田会長:そうです。売って終わりではなく、売った後に一緒に走る前提を共有できたことが大きかったですね。
そして、役員陣が30代を中心に構成されているため、意思決定が早い点も魅力でした。
彼らは2週間に1度FUKUDAに来て、3カ月ごとに全従業員と面談します。面談の後はみんなで食事会をして、ざっくばらんに語り合うんです。食事の場だからこそ出てくる本音もありますし、「一緒にやっていく仲間なんだ」と互いに実感できる時間になっていますよ。
現在、私自身も顧問という立場でunlock.lyの仲間に加わっています。東京・赤坂の本社へ月に2回ほど足を運び、取締役会にも顔を出す。立場は変わっても、一緒に舵を取りながら航路を描いているような感覚ですね。

――ちなみに、契約の段階から細かい内容まで取り決めていたのでしょうか。
福田会長:お互いに言ったことがブレないように、最初から徹底的に話し合いました。unlock.lyはLBOで資金調達しているので、貸してくれる銀行さんにも同席してもらって、私の処遇や関与の仕方まで、すべて契約に盛り込んでいます。
任せる怖さより、任せない怖さ
――従業員の主体性には、どんな変化を感じていますか?
福田会長:これまでは「福田が考えて、福田が決めて、従業員が動く」という会社だったんです。私自身も失敗させまいと考えるあまり、手を出しすぎていたと反省しておりますが……。
ところが譲渡後は、unlock.lyが従業員一人ひとりと向き合う場をつくってくれたことで、みんな自分の意見を言いやすくなった。また、評価制度の共創が動き出したこともあって、少しずつ主体的に動くようになったのです。
私が決め続けていたら、従業員自身が自分で未来を選べない会社になっていたかもしれません。今では若いunlock.lyメンバーと刺激を与え合いながら、従業員自身が未来を選び取ろうとしています。
そして実際に任せてみると、ミスをしても自分たちで解決できる力があることに気づかされましたね。任せる怖さよりも、任せない怖さのほうが大きいと痛感しました。
ちなみに、呼び方ひとつをとっても“会長”や“社長”ではなく、ファーストネームで呼び合う関係です。私も弟も「福田」なので「喜之さん」「新也さん」と呼ばれ、私からも三島社長を「徹平」と呼ぶ。他の取締役も役職ではなく名前で呼び合う。そんな些細なことも、世代を超えて壁をつくらない関係性につながっていると実感します。

外部からの評価と新しい可能性
――取引先など外部の反応はいかがですか?
福田会長:大きく変わりました。仕入れ先には海外企業も多いのですが、unlock.lyのメンバーはみんな英語が堪能。以前は必ず通訳を介していましたが、今では直接やり取りしてくれるので、取引先からも良い意味で「FUKUDAさん変わったね!」と言ってもらえるようになりました。それが従業員への大きな刺激になっていますし、外との接点が広がったことでキャリアの可能性も広がった。会社にとっても従業員にとっても大きな意味があると感じています。
――外から見ても「変わった」と言われるほどの変化はすごいです。おそらく中から見ても、「未来が広がった」と感じられる手応えがあったのではないでしょうか。最終回もよろしくお願いします。
【次回予告】
最終回のvol.3では、中小企業M&Aを成功に導く条件と、PMI(統合プロセス)の留意点を掘り下げます。福田会長が語る「承継の本質」とは――?