従業員が会社を離れるとき、これまでは「関係の終わり」や「裏切り」といったニュアンスでとらえられてきた。しかし今、退職者(=アルムナイ)は社外から組織を支える資産へと一変しつつある。
なぜ人と企業の関係は変わり始めたのか?
この転換は、組織の未来に何をもたらすのか?
本シリーズでは、アルムナイ領域を切り拓いてきた株式会社ハッカズークの代表取締役CEO鈴木仁志氏をゲストに迎え、組織・人事のフロントラインに立つLuvirの中川裕貴・奥地祐介が、「辞めてもつながる組織づくり」の核心に迫っていく。
さらに今回は、間もなくLuvirを卒業予定の当事者も同席するという、きわめて異例のセッティング。新天地への転職事情に、企業側の本音……それぞれの視点が交錯する瞬間を収めながら、これまで語られなかった“退職のリアル”を共有しよう。
| ●鈴木仁志氏 プロフィール 株式会社ハッカズーク代表取締役/グループCEO カナダ・マニトバ州立大学卒業。カーナビ・カーオーディオ大手のアルパイン株式会社で国際営業を担当した後、ウェディング大手のテイクアンドギヴ・ニーズグループにて法人営業部長、グアム現地法人ゼネラルマネジャーとして事業拡大に貢献。その後、レジェンダ・コーポーレーションにて、人事・採用領域のコンサルティングおよびクラウドサービス運用をリードし、グローバルな経験とHRテックの知見を蓄積した。 2017年、株式会社ハッカズークを設立。企業と退職者をつなぐアルムナイSaaS『Official-Alumni.com』やアルムナイ特化型メディア『アルムナビ』を提供し、アルムナイ・エンゲージメントの普及に注力。アルムナイ研究所の研究員も務める。 2024年、DX人材・エンジニア採用支援の株式会社レインと経営統合し、グループCEOに就任。コミュニティ運営支援や制度設計、コンサルティングまで一貫した価値提供を展開し、退職による機会損失をなくす仕組みづくりに取り組んでいる。 |
| ●司会進行 Luvir Consulting株式会社 ◆中川裕貴 代表取締役/CEO ◆奥地祐介 執行役員/CIO |
辞めても仲間になる時代へ なぜ「アルムナイ」が注目されるのか?
「アルムナイ(Alumni)」――本来はラテン語由来で「卒業生、OB・OG」を意味する言葉だ。
いま企業の世界では、この言葉が「会社を離れた元社員と企業との、新しい関係性」を指すキーワードとして急速に広まりつつある。
第1回では、アルムナイという概念そのものを改めて整理しながら、アルムナイが注目される社会的背景から、その可能性や重要性について紐解いていく。
そもそも「アルムナイ」とは何ぞや?
中川:日本でも“アルムナイ活用”が人的資本経営の文脈で語られるようになってきました。そこで今回は、日本のアルムナイ戦略を切り拓いてきた第一人者の(株)ハッカーズ・鈴木仁志さんをお迎えして、「なぜ今、アルムナイなのか?」をテーマに対談を進めていきます。
まずは鈴木さんのキャリアを教えていただけますか。
鈴木:よろしくお願いします。
僕はカナダの大学を卒業後、カーナビ・カーオーディオのメーカーで国際営業をしていました。そこからウェディング大手の会社で法人営業部長および、グアムの現地法人GMを経験。その後は人事・採用領域の会社に移り、日本とアジア各国で人事・採用領域のコンサルティングやクラウドサービスに携わり、企業と個人の関係性の再設計というテーマに向き合ってきました。
その中で、「企業と従業員の関係は、本当にこのままでいいのだろうか」と疑問を持つようになり、2017年に立ち上げたのが株式会社ハッカズークです。
中川:「企業と人の関係性」をずっと見てこられたキャリアですね。ハッカズークの事業内容も教えてください。
鈴木:一言で言うと、「退職は終わりじゃない」を当たり前にする会社です。アルムナイ特化型SaaS「Official-Alumni.com」を中心に、退職者情報の管理からコミュニティ運営までまとめて支援しています。
ただ仕組みだけではなく、コミュニティ運営のサポートや、退職前後の体験設計(オフボーディング)など、人的資本を社外にも広げる取り組みを一緒につくっていくのが特徴です。
僕たちが掲げているビジョンは「退職による損失をなくす」こと。社内だけでなく、社外に広がる人材の価値を循環させる。そんな“新しい人的資本のかたち”を、これからも支えていきたいと思っています。

コロナとインターネットが「辞めた後の関係」を変えた
中川:では、なぜ今、アルムナイがこれほど注目されているのでしょう?
鈴木:大前提として、日本企業は人材不足という課題を抱えています。よく「人がいない」と言われますが、“人手不足”と“人材不足”は違いますよね。
数が足りないことも深刻ですが、必要なスキルを持つ人が、必要な場所にいないという“質と配置”のミスマッチのほうが致命的なんです。
ヘッドカウントを増やしても解決しない。
だからこそ、外で経験を積んだアルムナイの存在価値がこれまで以上に大きくなっています。
中川:なるほど。加えて、SNSや転職サイトの普及によって、いまはあらゆる情報が手に入りますよね。他社の働き方も自分の市場価値も、リアルタイムで可視化されてしまう。その結果、「この会社にずっといるのが本当に正解なのか?」と考える人が増えた印象があります。
鈴木:おっしゃる通りで、働く人の視点が“組織の中の自分”から“市場の中の自分”に切り替わったことは大きいと見ています。
さらに、新型コロナの影響も決定的でした。リモートワークが当たり前になり、「オフィスに行かなくても働ける」「今の会社に縛られなくてもいい」という感覚が一気に浸透しました。
その流れの中で、これまで根強かった退職=裏切りという価値観が崩れ、退職への心理的ハードルがぐっと下がったんです。
企業側も、以前のように退職をネガティブに捉え続けることが難しくなってきました。
中川:これまでの日本企業には、オフィスへ行くことそのものが持つ一体感とか、なんとなくの帰属意識がありましたが……当社もほぼリモートなので、その変化はすごく感じます。
鈴木:いまや社会全体が「環境を変えるのも自然なこと」という前提に完全にシフトしましたからね。
まとめると、価値観の変化と、先ほどの“個人の市場価値の可視化”が重なったことで、企業も個人も「辞めた後の関係をどうするか?」を考えざるを得なくなった。ここにアルムナイへの注目が高まった理由があります。

2017年は「ほぼゼロ」からのスタート
奥地:実際、大企業を中心に「アルムナイに取り組んでいます」と謳う企業が目につきます。
鈴木:大企業ほど退職者の分母が大きいので、ネットワーク資産としての力が強いんです。元社員が1万人、2万人といれば、それだけで強力な外部人的資本になりますから。
奥地:ハッカズークを立ち上げられた2017年当時は、日本でアルムナイの浸透具合はどうだったのでしょう?
鈴木:当時はまだ「アルムナイ」という言葉自体、ほとんど知られていませんでした。そこから少しずつ関心を持つ企業が増えていき、先述の通りコロナ禍による価値観の転換もあってアーリーアダプターが動き始めた。そして2023年頃には、「うちもそろそろ……」というアーリーマジョリティが参入し始めたという流れです。

退職はマイナスではなく関係が進化するタイミング
奥地:中小企業やスタートアップ側の反応はどうでしょう?
鈴木:仲間意識が強いですし、退職者が創業メンバーに近いほど、より「寂しい」「残念」といった気持ちが先立って、感情が揺れやすいように思います。
中川:よく分かります(笑)
その辺りの企業側のリアルな感情については、次回(第2回)ガッツリお話しさせていただくとして……。
■編集部より
この対談には、まもなくLuvirを卒業するメンバーが同席中。退職を迎える当事者のリアルな感情や、キャリア選択の実情、また企業側の本音にも踏み込んだ詳しい内容を、第2回で詳しくお届けします。

中川:とはいえ、辞めるという行為そのものがネガティブな話ではないですよね。
鈴木:もちろんそうで、外に出るからこそ得られる経験や視座は必ずあります。
たとえば、
・卒業生同士で新しいビジネスが生まれたり
・外側にいるからこそ、企業と再び関係がつながったり
いわゆる「カムバック採用」のように、戻ってくる人だけを評価すると価値が小さく見えてしまうのですが、外で得た経験×自社との掛け算こそがアルムナイ採用の本質です。
アルムナイは最強の「Borrow」候補だ
奥地:人材の持ち方の話でいうと、Buy(採る)/Build(育てる)/Borrow(借りる)というフレームがありますが、日本企業の多くがBuyとBuildだけでなんとかしてきた。それがいま、Borrow が不可欠になってきていると。
鈴木:そうです。たとえばDX人材やセキュリティエンジニアといった専門人材は、常にフルタイムで抱える必要がないケースもある。「月に20時間だけスキルを借りたい」そういうニーズは、実際とても多いんですよ。
ただ、そういう人材を外で探すと、企業文化との相性が分からないリスクが残ってしまう。
奥地:すごく現場感のある話ですね。人事は「◯人採用してこい」は得意でも、「このスキルを週20時間だけ欲しい」は苦手という……。
鈴木:だからこそ、人事が“フルタイム前提”から脱却し、Borrowの選択肢を持てるかどうかが鍵になる。
そのとき、アルムナイは最強のBorrow候補になり得ます。企業文化を理解し、現場を経験しているから即戦力。さらに、外で培ったスキルや視座が組織に戻ってくる──企業(人事)が求めるのは、そのような柔軟な関係なのだと思います。
中川:では最後に、このパートの締めとしてお聞きします。これからの企業は、アルムナイとどのような関係を築いていくべきでしょうか?
鈴木:人が離れることを恐れて縮こまる企業より、人の“循環”を前提に関係を広げられる企業のほうが、確実に伸びていきます。
辞めた瞬間に線を引くのではなく、次のステージに進む仲間として関係を更新できれば、そこから必ず新しい価値が戻ってくる。
退職者を“過去の人”にするのか、“未来の価値を連れて帰ってくる仲間”として扱うのか。
その違いにこそ、アルムナイの真価が宿るはずです。
中川:いま鈴木さんが語ってくださった“循環を前提にした関係性”は、Luvirがまさに試されているテーマだと感じます。
Borrowも含め、仲間とのつながりをどう更新していくのか──その核心は、次回さらに深めていきたいと思います。

【次回予告】
第2回では、実際にLuvirを卒業予定の当事者が登場。辞める側と送り出す側、双方が心の揺れを赤裸々にさらします。 そしてリアルな会話の中から浮かび上がるのは、「退職は終わりではなく、関係のアップデートの始まりである」という、これからの組織に欠かせない視点。揺れる心をどう扱い、どう未来へ変換するのか。その答えに迫る、もっとも踏み込んだ回になりますのでご期待ください。