研修設計・開発

学びの種類と学習意欲を高める工夫

企業における主な教育方法として、研修があります。

そもそも研修とは『人に何らかの学びを与えて意識や行動を変えていくための手段』と定義されています。

そのため、まずは具体的に研修設計・開発を行うための前提知識として『学び』について解説します。

2種類の『学び』

『学び』には大きく2種類あり、1つが『子どもの学び(ペダゴジー)』、もう1つが『大人の学び(アンドラゴジー)』です。

相違点は主に『学習者の状態』『学習内容』『学習の指向性』『経験の位置づけ』の4つです。     

ペダゴジーにおいては、これら4つはそれぞれ、学習者が教師・他者に依存している状態であること、学習内容は教科・知識中心であること、志向性としては『いつか役に立つ』と認識し即応性を求めないこと、経験については『学習資源にはならず、今後蓄積されるもの』という位置づけになります。

反対に、アンドラゴジーにおいては、学習者が自分自身で決定し成し遂げられる状態であること、学習内容は実践的利益・課題解決中心であること、志向性としては『目の前の何かに具体的に役に立つ』という即応性を求めること、経験については『経験を有しており、共有して学びを深化させるもの』ものという位置づけです。

社会人教育の手段である研修などは、後者のいわゆる『大人の学び』にあたります。

このことは、どの研修においても大切にしたい考えです。

一概に『大人の学び』といっても、学習者一人ひとりに自律性や経験値の差はもちろん存在します。

しかし、学習者を一人前の大人として扱い、尊厳とプライドを守り、敬意を払った研修を考えていくべきであるということは、忘れてはならない点です。

失敗となりやすい研修とされる『中間管理職を集め、座学でマネジメントに役立つ知識を教える研修』には問題点が2つあります。

1点目は、座学・インプットのみの研修であること。

2点目は、学んだ内容がいつ・どのように役立つかが不明瞭であることです。

つまり、この研修は、意図せずペダゴジーの考え方に基づく内容となっています。

研修を『大人の学びの場』として有益な時間にするには、『実利や課題に立脚』して、『学習の必要性を認識している状態』と『自身の意志に基づいて学習に参画している状態』を創出することが重要になります。

そのためには、『学習意欲』を喚起させるためのつくり込みと仕掛けが必要です。

もちろん、企業として強制的に受講させなければならない場面もあると思います。

そのような場合も、参加者に少しでも学習意欲が存在するかどうかで、研修の効果が大きく変わります。

それでは、その学習意欲を高めるためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。

学習意欲を高めるための工夫

ここでご紹介するのはフロリダ州立大学院教授のジョン・M・ケラー博士が提唱した『ARCSモデル』です。

このモデルはそれぞれ、Attention:注意、Relevance:関連性Confidence:自信、Satisfaction:満足感の4つのステップに分かれています。

1ステップずつ、具体的な手段についてそれぞれ3つ解説していきます。

まず、1つ目のステップ『注意』は、対象者に「おもしろそうだな」と興味を持ってもらう段階です。

そのための手段としては主に次の3つが挙げられます。

研修案内に楽しそうな、参加してみたいと思える要素を盛り込む、またはオープニングで注意を引く『知覚的喚起』問いを先に与え、それを解説する形で進める、または今までの思い込みや先入観の矛盾を鋭く指摘する『探究心の喚起』、説明を聞くだけの時間を極力短くし、クイズや質問、まとめなどで変化をつける『変化性』です。

2つ目のステップ『関連性』は、「やりがいがありそうだ」と感じてもらい、積極的な関与を促す段階です。

そのための手段としては、主に次の3つが挙げられます。

身近な事例や関心のある分野に当てはめて、わかりやすい例を提示する『親しみやすさ』、研修で学んだことがどのように活かせるのかを説明する『目的指向性』、ゲーム的要素を入れるなど、研修自体に楽しめる工夫を盛り込む『動機との一致』、などがあります。

3つ目のステップ『自信』は、「やればできそうだ」などと、何らかの成功体験を積むことができると思ってもらう段階です。

そのための手段としては、主に次の3つが挙げられます。

「頑張れば達成できそうなゴール」を設定・明示し、完了条件を具体的に示す『学習要求』、過去の自分との比較で、「どこまでできたか」「何ができるようになったか」を確認できる機会を設ける『成功の機会』、できなかったこと・改善点を自分で判断できるようなチェックリストを準備し、内省の機会を設けるといった『コントロールの個人化』などがあります。

最後に、4つ目のステップ『満足感』は、「やってよかった」と満足感を与えることです。

そのための手段としては、主に次の3つが挙げられます。

身につけたことを活用する、または他者に教えてみるチャンスを与えるといった『自然な結果』、参加者に贈り物を与える、または、習得した知識・スキルの利用価値・重要性を改めて強調するといった『肯定的な結果』、研修の目標・内容・テストで整合性を担保する『公平さ』です。

ただし、こうした仕掛けは、単に参加者を楽しませるためではなく、学習意欲と学習効果を高めることが真の目的であることに注意が必要です。

たとえば、研修のオープニングで、研修内容に無関係の楽しいアイスブレイクを行ったとします。

その場では参加者の熱量も高まりますが、研修の本題に入った瞬間にその熱は冷めてしまいます。

なぜなら、参加者は大人の学びを求めており「この研修は何の役に立つのか?」「自分の貴重な時間を投じる意味があるのか?」という問いに対する答えを求めているからです。

こうした問いに答えないまま研修を進めても、研修に対する注意も関心も喚起できず、学びの創発にはつながりません。

研修設計者はこうした問いかけが常に行われていることを意識しながら、ARCSモデルのステップを進めていく工夫を講じることが重要です。

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